03:ゴブリンの洞窟へ

 件の洞窟は、タラスクとメーヴェの丁度中間あたり、街道から少し離れた山中に位置していた。

 ローリエの案内で洞窟の様子が見える場所までやって来たコロナは、木立の間に隠れつつ遠目で様子を窺う。

 洞窟の周辺は木々が開けちょっとした広場のようになっており、濃緑色の皮膚を持った、人間の子供サイズの亜人――ゴブリンが二体、入口を挟むようにして立っていた。


「見張り、か……面倒ね」


 軽く舌打ちするコロナ。見張りがいるということは、この群れはそれなりに知恵の働くリーダーに率いられている可能性が高いのだ。


「わー、早速いるねぇ。どうしよっか、コロナ」

「そうね、下手に騒がせたらまず仲間を呼ばれるだろうし、ここは奴らに手番を与えないように一気に――」


 そこまで言って、コロナは後ろを振り返る。

 興味津々、といった表情のローリエが、コロナの真似をして洞窟の方を見ていた。


「……ローリエ? 村に帰ったんじゃなかったの?」

「え、どうして?」

「どうしてって……アンタは依頼人でしょ? 道案内はともかく、わざわざ討伐にまでついてくる必要なんてないでしょうに」

「んー、なんとなく、面白そうだったから?」


 てへっと笑うローリエ。

 あまりにも軽い理由に、コロナは頭を抱えてため息をつく。


「アンタねぇ……足手まといになられても困るから、とっとと帰りなさいよ」

「だいじょーぶだいじょーぶ! こう見えて、ボク結構できる子だから!」


 迷惑そうに顔をしかめるコロナに、ローリエはぱちりとウインク。それから、


「コロナの方こそさ、一人で平気なの?」


 指で前髪をいじりながら、そんなことを訊いてきた。


(……ふぅん、なるほどね)


 ローリエの何でもない風を装ったその問いに、コロナはピンとくる。

 要するに、彼女は心配だったのだ。

 たかがゴブリンとは言え、相手は亜人の群れ。

 本来であれば前衛職に守られてこそ真価を発揮できる魔術師が、たった一人で挑んで大丈夫なのかと。

 直接そう尋ねたりしなかったのは、彼女なりの配慮といったところだろうか。


「心配ご無用よ。あたしはこれまでずっと一人でやって来たの。今更、ゴブリンごときに遅れをとったりしないわ」

「そう? ……なら、いいけど」

「わかったら、早く安全なところに――」

「――っ、静かにっ」


 言いかかったコロナの言葉を、ローリエが緊迫した表情で遮った。

 その様子にただならぬ気配を感じたコロナは、理由も聞かずに黙って頷く。


 程なくして、落ち葉を踏みしめる複数の足音が洞窟の方から聞こえてきた。

 息を潜めて警戒する二人が目にしたのは、ゴブリンたちの一隊が洞窟へと帰還する姿。

 もし、コロナがもう少し早く洞窟への突入を決めていれば、恐らく内部で挟み撃ちにされていただろう。図らずも、ローリエとあれこれ話をしていたのが幸いした形になった。


「助かったわ」

「どういたしまして」


 小声で短くやり取りして、二人はゴブリンたちの観察を続ける。

 帰還したゴブリンたちは、総勢で四体。見張りのゴブリンと何やらやり取りした後、洞窟へと入っていった。


 これで全部かと思いきや、足音はまだ聞こえてくる。


 しばらくして、二体のゴブリンが追加でやって来た。

 そのゴブリンたちは長い棒とそれに括りつけられた「もの」を協力して運んでおり、そのせいで先の集団から少し遅れていたらしかった。

 運ばれている「もの」は両手と両脚を棒に縛られ、フードを被った人間の姿をしている。

 ……というより、それは人間であった。紛れもなく。もぞもぞと動いている様子から、まだ息はあるようだ。


「っ、助けなきゃ……!?」

「待ちなさい」


 弾かれたように飛び出そうとするローリエを、今度はコロナが腕を掴んで制止する。


「気持ちはわかるけど、今無策で飛び込んでいったら、それこそあの人が危険よ」


 目視できる敵の数は四体。乱戦になれば間違いなく仲間を呼ばれ、洞窟から増援が飛び出してくるだろう。そうなれば、縛られ抵抗できない状態の彼ないし彼女は、かなり危うい状況に置かれることになる。


「奴らがわざわざ生け捕りにしてきたのなら、巣の中に運ばれたところですぐに命を取られることはないはずよ。……機を見て助け出すわ」


 コロナの説明を聞き、ローリエは固い顔で頷く。

 そうしている間にも、獲物を運んできたゴブリンたちが、洞窟の中へと消えていく。

 後には見張りのゴブリン二体だけが残り、他の足音ももう聞こえない。


「ねぇ、ローリエ。アンタ、結構耳がきくみたいね」

「うん。目と耳がすごくいいって、狩人のおじいちゃんたちにも評判」

「他に何か特技は?」

「【治癒ヒール】は得意。【光矢ライトアロー】も、ちょっと自信あるかな」


 【治癒】も【光矢】も、魔法の名称である。

 亜人種との終わりなき戦いを強いられているこの世界の人々にとって、魔法は無くてはならない技術であり、最も分かりやすい能力の指標であった。


「なるほどね。さっきは帰れって言ったけど、前言撤回。こんなこと、依頼人に頼むのはどうかと思うけど……あたしに協力してもらえるかしら?」


 要救助者の存在が明らかになった今、洞窟攻略に残された手段と時間はあまり多くはなかった。少しでも助けられる確率を上げるため、コロナは使えるものは使う気でいたのだ。

 そして先んじて飛び出そうとしていたローリエの返事は、言うまでもなく決まっている。


「もちろん!」

「ありがと、期待してる。……まずは見張りの二体を一気に仕留めるわ。あたしは左をやるから」

「ボクは右ね、任せて」

「頼んだわ。じゃ、合図をしたら行くわよ。……さん、に、いち――」


 ――今っ!

 二人の少女は茂みを飛び出し、左右から見張りゴブリンに奇襲をかける!


『グギッ!?』


 二人の存在を感知していなかったゴブリンたちは、完全に不意を突かれて固まっていた。

 無防備な彼らに、少女たちの攻撃が炸裂する。


「『光よ、貫けライトアロー』!」


 ローリエの指先から迸る、光が形作った一条の矢。

 その正確無比な一射は、寸分違わずゴブリンの眉間を射抜いていた。


「『炎獄に囚われなさいフレイムプリズン』!」


 コロナの詠唱と同時に、ゴブリンの足元に魔法陣が描かれる。

 彼にはそれが何なのか、理解する時間すらもなく。コンマ数秒後には、その身体は骨まで焼き焦がす火炎に包み込まれていた。


 仲間を呼ぶどころか、断末魔の叫びすらなく二体のゴブリンは絶命した。

 亜人種に共通の特徴であるが、彼らは死体を残さない。

 倒れた二体のゴブリンは、まるで空気中に溶けるようにして消滅していった。


 この戦闘にかかった時間は、およそ十秒足らず。

 冒険者であるコロナは当然として、ローリエの魔法の腕もまた見事であった。


「ふーん、思ったよりもやるじゃない」


 あたしほどじゃないけどね、とコロナ。


「コロナも、すっごい魔法が使えるんだね! カッコよかった!」


 ローリエが無邪気に褒めると、その反応は予想外だったのか、コロナは頬を赤くしてぷいと顔を背ける。


「こ、これくらい当たり前よ。伊達にソロで冒険者やってるわけじゃないんだから」

「あ、コロナ、ひょっとして照れてるの?」

「て、てて照れてなんかないから!」


 そんな軽口を交わした後。

 ローリエとコロナは改めて洞窟へと向き直り、気を引き締めた。

 一人の人間の命が、自分たちの手にかかっている。


「それじゃ、洞窟攻略を始めましょうか」

「うん。早くあの人を助けてあげないとね!」


 二人の少女は、恐れることなく洞窟へと足を踏み入れた。

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