02:冒険者コロナ


 冒険者という職業がある。


 その起源はとても古く、かつて亜人と人間の抗争が今より遥かに激しかった時代にまで遡る。

 世界各地を旅し、集った仲間たちを率い、強力な力を持つ亜人種の王――「魔王」を打ち破った、一人の若者。

「勇者」と呼ばれた彼あるいは彼女こそが、この世界における原初の冒険者とされる。……少なくとも、冒険者ギルド(冒険者たちが所属し、仕事の斡旋等を行う組織)の広報はそのように主張していた。


 カランカラン――


 タラスクの街の冒険者ギルドにて。

 ドアベルを小気味良く鳴らし、入って来たのは一人の少女だった。


 くたびれた黒いローブを身に纏い、先端に紅い石の付いた杖を携えた少女は、後ろで二つ結びにした長い夕陽色の髪を靡かせ、慣れた様子でギルド内を見回す。

 そして目的のもの――依頼掲示板を見つけると、ざっと目を通し、


≪ランクF 破損した外壁の補修工事 報酬:銀貨1枚(日給) ※ケガ等は自己責任です≫

≪ランクF だいじなほうせきをなくしちゃったのでさがしてください 報酬:小銅貨1枚≫

≪ランクE 下水路で繁殖した大油虫駆除 報酬:小銀貨2枚≫


「……やっぱり、こんな時間じゃ美味しい依頼なんて残ってないわよね」


 がっくりした顔でため息をついて、そう独りごちた。

 時刻はもう昼をとうに過ぎていた。彼女の言う「美味しい依頼」を、他の冒険者たちが今の今まで放っておくわけが無かったのだ。


 冒険者の祖たる勇者はその旅の途中、迷子の仔猫探しから村を襲う魔獣の討伐まで、実に様々な依頼を受け、人々を救ったという。

 そんな偉大なる先達の例に違わず、失せ物探しから薬草採取、商隊の護衛から亜人・魔獣の討伐まで、冒険者ギルドには日々様々な依頼が舞い込んでくる。

 その中でも労力の割に報酬が良かったり、短い時間で達成できるようなものは、冒険者にとって「美味しい」依頼というわけで……早朝、依頼が掲示されるのと同時に、待ち構えていた冒険者たちによって争奪戦が繰り広げられるのが、どこの冒険者ギルドでも恒例の風景となっていた。


 なお、その結果が先の掲示板の惨状である。


(ああ、誰しも一度は通る道だな)

(うむうむ、失敗も勉強のうちじゃの)

(寝坊でもしたのかな? かわいいなぁ)


 どうしたものかと頭を抱える少女の姿に、ギルド中から生暖かい視線が注がれる。

 程なくしてそれに気が付いた少女は、ぎりりと奥歯を噛みしめると、


「ああ、もうっ! これもあのゴブリンどものせいよ! 街まで後ちょっとって時に邪魔してくれちゃって!!」


 心のままにそう吠えた。


(((ああ~、あるある!)))


 ……生暖かい視線が強くなった。

 流石に恥ずかしくなったのか、少女はさっと顔を赤く染め、柱の陰に引っ込む。そこでまた特大のため息を一つ。


「うう、どうしてあたしがこんな目に……」


 ――まざまざと思い出される、悪夢の光景。

 亜人など滅多にいないはずの街道の途中。

 運悪く鉢合わせしたのは、徒党を組んだゴブリンたち。

 遭遇戦の最中、少女の懐からこぼれ落ちる路銀の袋。

 無慈悲にもそれを颯爽とさらっていく盗賊鳥――


 まるで幸運の女神に三回ほど見放されたような酷い仕打ちである。

 そんな経緯により、少女の懐はかなり寒いことになっており、何かしらの方法で稼がないと、本日の宿は馬糞の香り漂う馬小屋確定なのであった。

 そして女性一人が安全に過ごせる宿に泊まるには、最低でも小銀貨5枚程度は必要である。……つまり、本日の宿は以下略なのであった。


 カランカラン――


 そんな時だった。彼女の運命を変える金、いや鐘の音が響き渡ったのは。





 どこかの少女とは対照的に、何の障害もなくピクニック気分でタラスクの街までたどり着いたローリエは、ひとしきり街をぶらついて食事を済ませた後、街の中央広場付近にある冒険者ギルドへとやって来ていた。


「すみませーん、依頼を出しに来たんですけど」

「かしこまりました。ではこちらで手続きをお願いしますね」


 ギルド職員の案内に従って、スラスラと依頼申請書を書き上げるローリエ。カウラ神殿長の指導のもと、神殿寮の孤児たちは一通りの読み書きと計算を教え込まれているのだ。

 手続きはトントン拍子に進んでいき、


「……なるほど、メーヴェ村からの依頼ですね。それならば審査は最低限で済みますので、今日中には掲示できますよ」


 そんなギルド職員の言葉に偽りはなく。

 今日中どころか、ものの数分後には新品ほやほやの依頼書が掲示版に張り出されていた。


≪ランクD 遺跡に住み着いたゴブリンの群れ退治 報酬:銀貨4枚≫


「お待たせしました、ローリエさん。これで手続きは終了になります」

「はーい、ありがとうございました! あ、ちなみにこの条件だとどれくらいで受けて貰えそうですか?」

「そうですねぇ、今日はもう皆さん依頼を受けてしまった後ですし、どんなに早くても明日以降になるかと思いますが――」


「ちょっと、いいかしら!」


 ローリエとギルド職員の会話に、唐突に割って入る声が一つ。

 二人が声の方に目を向けると、そこには、


「その依頼、このあたし――コロナ=フレイエルが引き受けたわ!」


 件のほやほや依頼書をトロフィーのように片手に掲げ、鬼気迫るドヤ顔という器用な表情をした少女の姿があった。


 ローリエは目をぱちくりさせて、依頼を受けると言ってのけた少女――コロナの姿をまじまじと観察する。

 まず目を引く紅い石の付いた杖は、彼女が魔術師であることを示している。身に纏う黒いローブのくたびれ具合から察するに、かなり旅慣れているのだろう。

 それでいて、歳の頃はローリエとそれほど差がないように思える。少なくとも、それなり以上の実力はあるようだった。


「ええっと、コロナさんが依頼を受託されるということですが……登録証を確認させていただいても?」


 登録証とは、冒険者の持つ身分証である。

 特殊な金属製のカードに魔術で冒険者の情報を刻印したもので、依頼を受ける際には必ず提示する必要があった。ギルド側が冒険者の実力ランクを確認し、身の丈以上の難度の依頼を受けさせないためである。

 コロナが職員に提示した登録証には、こう記してあった。


≪ランクD コロナ=フレイエル 16歳≫


(あ、ボクよりいっこ年上なんだ)


 チラ見したローリエは、そのことにちょっとした親近感を感じる。メーヴェ村には同年代の女子というものがいなかったので、尚更だ。


「Dランクの方でしたら、こちらの依頼を受託することは可能ですね」

「ふふん、なら決定ね。ゴブリンどもに一泡吹かせてやりたいと思ってたところだったから、丁度良かったわ!」

「ローリエさんも、それで構いませんか?」

「はーい、大丈夫です!」


 職員からの確認の問いに、一も二もなく頷くローリエ。

 ローリエは改めて受託者であるコロナに向き直り、ぺこりと一礼する。


「ボクはメーヴェ村とメーヴェ・リフェリス神殿のお使いで、ローリエって言います。よろしくお願いします、コロナさん」

「ローリエね、よろしく。あたしのことはコロナでいいわ。見た感じ同い年くらいっぽいし、お互い堅苦しいのは無しにしましょ」


 フランクな調子で手を差し出すコロナに、ローリエの顔がぱっと明るくなった。

 がしっと握手すると、


「うんっ、りょーかい! それじゃあよろしくね、コロナ!」

「ふふん、任せなさい。このあたしにかかれば、亜人どもなんて一網打尽なんだから!」


 こうして、契約は成立した。

 依頼主と冒険者、それだけの関係であるはずの少女二人であったが、


(((ああ……なんか、いいなぁ……!)))


 そのやり取りには、ギルドの一部から生暖かい視線が注がれていた。二人の少女がそれに気が付くことは、最後まで無かったが。


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