第1章 彼女たちの邂逅

01:少女ローリエ


 ――――それは、むかしむかしのできごと。キミたちのおじいちゃん、おばあちゃんが生まれるよりもっと前、ずっと前のおはなし。


 人間は今よりもっとたくさんいて、神様たちから授かった力を使って、それはそれはよい暮らしをしていました。


 けれど、いつの日からでしょうか。人間たち中から欲深い者が現れだし、もっとよい暮らしがしたい、もっと力が欲しいと思うようになりました。


 彼らは自分たちがよい暮らしをするため、神様たちから授かった力の研究を始めました。


 彼らの行いは神様たちを大いに心配させました。行き過ぎた力は、必ず不幸を呼ぶからです。


 神様たちが止めるのも聞かず、時には他の人々を犠牲にして、彼らの研究は続きました。


 その結果、彼らはとても大きな力を手にすることになりました。力を授けた神様たちでも驚くほどの、大きな力です。


 力を得た人間たちは、それはそれは傲慢になりました。


 彼らは地上でよい暮らしをするだけに止まらず、ついには空の彼方の神の国を目指そうとし始めたのです。


 その行いに、ついに神様たちも怒りました。


 怒った神様たちは傲慢な人間たちを懲らしめます。街は燃えて海に沈み、風も大地も荒れ狂い、朝も夜も無い日々が続きました。


 大きな力を得た人間たちも、怒った神様たちにはとても敵いませんでした。人間たちは皆死んでしまったのです。


 ……ならどうしてボクたちがここにいるのかって? それはもちろん、命の女神リフェリス様のおかげです。


 リフェリス様は、人間たちがいなくなってしまって、たいへん嘆き悲しみました。命の女神であるリフェリス様にとって、人間たちはみな、自分の子供と同じだったからです。


 リフェリス様の悲しむ様子を見て、他の神様たちもやり過ぎてしまったことを反省しました。そこで、神様たちは協力して、世界を創り直すことにしたのです。


 世界が美しく再生すると、リフェリス様が命の種を撒きました。


 命の種はすくすくと育ち、やがて人間の姿となりました。こうして、人間たちは再びこの世界で暮らせるようになったのです――――



「……と、いうわけで。尊き命の女神リフェリス様、それからその他諸々の神様たちがすーっごく頑張って、世界は無事今のような形になったのでした。はい、おしまい」


 絵本(創世記を子供向けに分かりやすくしたものだ)がパタンと閉じられ、朗読していた黒髪の少女がちらりと子供たちを見やる。

 しかして、その反応は――


「わぁぁっ、めがみさま、すっごーい!」

「ローリエおねえちゃん! もう一回、もう一回おはなしして!」


 もう大好評であった。はしゃぎ、興奮した子供たちに囲まれて、読み手の少女――ローリエはとだらしない笑みを浮かべる。

 本当なら、この天使たちの要求に付き合って延々絵本の朗読会をしていたい。

 しかし、彼女が今日この場所を訪れたのは、子供たちに絵本の読み聞かせをするためではなかった。……残念ながら。


「はいはい、また今度別な絵本読んであげるから、今日はここまでねー」

「「「「えー!」」」」

「こらこら、あんまり欲張っちゃうと、神様に怒られちゃうぞ~? お姉ちゃんは今から神殿長様のお手伝いに行ってくるから、みんないい子にするんだよ?」

「「「「はーい……」」」」


 幼子のお守りを年長の子に任せ、ローリエはその場を――「神殿寮」を後にする。

 後ろ髪を引かれるが、彼女もまたこの寮にお世話になっていた者の一人のため、神殿長様には頭が上がらないのだ。


 ローリエは孤児であった。


 赤子の頃に命の女神を奉ずる神殿に置き去りにされた彼女は、物心ついたときには親代わりの神殿長の指導のもと、神殿式の修行を受けながら生活をしていた。

 当然ながら、ローリエに両親の記憶はない。

 人懐っこそうな丸顔と大きな瞳、特徴的な黒髪から、恐らく南方の血を引いているのであろう、ということくらいしか手がかりらしい手がかりもなく、本当の両親など探しようも無かった。救いといえば、当のローリエ自身が神殿での暮らしを気に入っており、自分を捨てた両親のことなど露ほども気にしていないことくらいだろうか。


 とはいえ、そんな境遇の孤児など特段珍しいわけでもない。現にローリエも、幼い頃から同じような身の上の兄・姉たちの背中を見て育ってきたのだ。


「神殿長様―、カウラ神殿長さま―。ローリエが来ましたよーっと」

「ああ、ローリエ。待ってたわ」


 祭祀場にて、カウラと呼ばれた初老の女性が柔らかな笑顔でローリエを出迎える。

 一見すると気のいい田舎のおばちゃんにしか見えないが、彼女こそがこのリフェリス神殿の神殿長にして、孤児たちの親代わりを一手に引き受けている女傑なのだ。

 ローリエはこの春に十五歳を迎え、狩人見習いとして独り立ちしたが、今まで育ててくれた恩に報いるためとばかりに、今でもしょっちゅう彼女の手伝いをしていた。


「悪いわねぇ、急に」

「いえいえー、気にしないでください。それで、頼み事って何ですか?」

「実は昨日、行商の人から話があったのだけれど……神殿うちからタラスクの街まで通じてる街道の外れに、小さな洞窟があるでしょう。そこに、亜人の群れが住み着いちゃったらしくってねぇ」


 亜人。それはこの世界では広く知られた存在だ。

 比較的高い知能を持ち、人間と似た四肢を持った生物ながら、人類とは根本的に敵対関係にあるものの総称である。


「亜人……群れってことは、ゴブリンですか」

「ええ、そうみたい。村長さんたちと相談をしてね。危ないから、タラスクの冒険者ギルドに討伐依頼を出そうってことになったんだけど、生憎人手が足りなくって……」

「つまり、ボクがタラスクまで行って依頼を出してくればいいんですね」

「そういうこと。頼めるかしら?」

「もちろん、任せてください!」


 内容も内容であるし、他ならぬ恩師の頼みであるならば、断る道理もない。

 快く引き受けたローリエは、支度のため一度自宅へと向かうことにした。


 ローリエの家は、神殿からほど近い山間の村「メーヴェ」にある。子供の足でも、ほんの三十分ほど歩けば辿り着く距離であるため、近いというより、メーヴェ村の裏山に神殿がある、という方が正確かもしれない。

 早々に自宅へと帰って来たローリエは、早速準備を始めた。

 お気に入りのおしゃれな服を脱ぎ、獣の革で造られた簡素な軽鎧を身に纏う。

 使い古した短剣を腰に下げ、水と食料、その他便利な道具を詰め込んだ背嚢を背負って……


「……これでよし、っと!」


 旅装を整えたローリエは、意気揚々と街道をタラスクへと向かって歩き出した。

 メーヴェ村からタラスクまでは、歩いて三時間程度の距離だ。今から出れば、昼過ぎには到着するだろう。


「うーんっ、いい天気ぃ。たまには街まで歩くのもいいなぁ♪」


 この世界における旅の脅威は「一に盗賊、二に亜人、三に魔獣」と言われている。

 メーヴェとタラスクを結ぶ街道で、盗賊が出たという情報はない。

 というわけで、心配なのはせいぜいはぐれ亜人か魔獣くらいのものであったが、どちらも影も形も無く。

 途中幾度かの休憩を挟みつつも、三時間ほどのローリエの旅は何の障害もなく順調に進み……

 当初の予定通り、お昼過ぎには彼女の姿はタラスクの街門前にあった。


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