鬼退治

清明の視線の先は、青鬼の奥に注がれていた。

今しがた黒い炎が青鬼を襲ったのだ。

繰り出した相手は煌々と朱々とした紅蓮色の髪の毛は長く、腰のあたりまで伸び、髪が揺れる度に炎が上がっていた。

頭部には片方だけ朱い角が生えていた。処女雪を思わせる白色から宵闇を思わせる黒色と濃い朱を基調にした着物に変わり、紅葉柄の紋様は大きくなっていた。

それだけではない。

外見は清明とさほど変わらぬほどの年齢にまでなっており、幻想的で神秘的な淑女といった様子であった。

「あいつは…」

清明は冷や汗をかくように歯噛みした。

「我は朱色の鬼姫である」

顕現する鬼の中でも一際強い力を持っているのか、振り返った青鬼が恐れ戦いているように後ずさった。

「青鬼。封印される以前のお前は周囲からの信頼が厚き、優しき鬼であったがな。愚者により憐れな姿に成り落ちてしもうたか」

鬼姫は静かに青鬼に話しかけた。

「―■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―」

それに答えているつもりなのか青鬼は地響きにも似た咆哮を上げる。

「怒りに身を任せて既に理性さえも失ったか。不遇なる魂を廻る愚者よ、灰となれ」

そう言うと朱色の鬼姫は音も無く青鬼目掛けて疾駆した。

少女の時の突進とは比較にならないほど、消えたと思ったほどに早かった。瞬く間に、青鬼の前に現れ、青鬼の上体、鳩尾からやや左側の部分に手刀を水平に突き立てた。

その衝撃に、青鬼は悲鳴上げた。

苦しそうにもがくも手刀は深く肩の部分まで突き刺さっていた。

返り血を拭うこともせずに全身に浴びた朱色の鬼姫は青鬼の肝臓を突き刺していた。

「まずい、青鬼を滅却するつもりか!」

清明は叫ぶよりも一足遅く、朱色の鬼姫は青鬼の肝臓を抜き取っていた。

「さらばじゃ、青鬼」

抱えるような血まみれの塊は瞬時にして黒い炎に包まれた。

火力にして先ほど鬼姫が繰り出した物とは遥かに強いものだった。

さきほどの一撃はやはりこの朱色の鬼姫と呼ばれる存在から繰り出されたのだ。

 肝臓、五行で『木』を司る鬼が持つ意味合いの中で、共通していることがある。それは皆それぞれ役割を持っているということだ。

 『木』の属性を持つ鬼は、色にして青。方角にして東。季節にして春を表し、臓器にして肝臓の意味を持つ。

 肝臓は青鬼の唯一の弱点となるのだ。

 朱色の鬼姫は瞬く間に、肝臓を灰にしてしまうと青鬼に興味なさ気に視線を投げた。青鬼の開いた肝臓の無い傷口は黒い炎に包まれ数秒の内に全身に黒炎が広がり、燃え散っていた。


青鬼は滅却されたのだ。

「おい、お前、朱色の鬼姫と言ったな? おかしいな。あの封印術から抜け出せるとは思えないんだが…」

清明は朱色の鬼姫に詰問した。

その言葉に悠然とした様子で振り返ると

 「言葉の通り。消えよ、女。お前に用は無い」

一言に伏した。

「こっちはそうはいかないんだよ。お前の狙いは自分の心臓の奪還だろう。悪いがさせるわけにはいかないんだよ。今は別なやつが使用中なんだ」

清明は言うが早いか呪符を投げつけた。

二枚の呪符は『水砲』『棺牢』。朱色の鬼姫の周囲を何重もの牢や表れ棺の中に濁流のような水が満たした。

「女狐の分際で人間の真似事か、甚だ滑稽である」

清明の攻撃を物ともせずに、腕を振るうだけで術は掻き消えてしまった。

「術が効かないのか…。厄介な相手だ」

清明は、深く呼吸を吸うと短縮詠唱により青い火玉を浮かべた。数にして十ほど。

「それでは我を倒すことはできんぞ」

「はなから倒すつもりは無い。封印するだけだ」

清明は発射した。

四方八方から火玉が襲う。

「笑止」

左右上下同時に攻撃に対して朱色の鬼姫が取った行動、それは小さな、手のひらに乗るほどの黒炎だった。襲い来る青色の火玉が着弾する瞬間、黒い炎は四散し青い火玉をかき消したのだ。

「…自信を無くしそうだよ」

清明の軽口は止まらなかった。そこへ朱色の鬼姫は間合いを詰め繰り出した。

「目障りだ」

掌底である。

「バカ者」

清明は触れた直後吹き飛んだように見えた。突き出した掌底は空を切った。厳密には当たったはずの存在は残像だったのだ。

直後、朱色の鬼姫はひっくり返った。純粋な体術の一つ背負い投げである。

背中に当たる感覚に一瞬、顔を歪めた。

「⁉」

瞬時に立ち上がり清明に蹴りを見舞うもまるで宙に浮いているほどの跳躍を見せながら清明はくるくると回りながら背後に飛んだ。

綺麗に着地し佇む姿は美しかった。

「…成程な。最強の名を持つに相応しい実力ということか。だが、お前の考えは読めた。瓦礫の中にいる我が心臓を逃がそうとして距離を取ったな」

青鬼が槌を見舞った場所から数軒先の瓦礫の中から成幸が二人の子供を抱えて出てきていた。

「お前、鬼姫か。どうしたんだよ、その姿は?」

「見つけたぞ、我が心臓」

朱色の鬼姫はいつの間にか成幸の前に立っていた。

千花と早苗を逃がした直後だったのか気が緩んでいた。

「あの一撃で生きていたことが奇跡に近いが、我にとっても僥倖である」

腕を手刀にして成幸の左胸を目掛けて繰り出した。

「瞬時に顕現せよ『金剛』」

そこへ清明が叫び突入した。

手刀は金剛という結界に阻まれていた。

「なっ、清明!? どうしたんだよ、その姿は、髪の毛まで色が変わって…」

成幸は驚いた顔をして言った。

何せ、普段の清明よりも荒々しかったのだ。

「何を呑気なことを言っている馬鹿者。さっさとこいつから距離を取れ。お前の知っている鬼姫じゃないぞ」

「え、こいつ違うのか…。」

「小賢しい! 突き破る!」

朱色の鬼姫は手刀をそのまま突いて『金剛』に穴を開けた。

「一日に二度も開けられると香澄が自信無くすぞ」

『逃走』『回避』

と、書かれた符を地面に投げつけると、清明は軽口を叩くと成幸を抱え大きく跳躍した。

最初の半壊した家屋が多い通りに着くと。

「おい、清明、どういうことだ。あれが鬼姫じゃないって」

「あぁ、そうだ。あいつは違う。封印が解けたのか? いや、違うな。もっと別な論理が働いているのか…とにかく、あいつを倒すぞ。手を貸せ、もしくは死なない程度に手を貸せ」

めちゃくちゃ無茶なことを並べ立てる清明はいつもの清明だった。

その口調に幾分落ち着きを取り戻したのか。

「って、言っても武器も無いぞ。この前の死の百鬼夜行の時に刀が折れたからな」

成幸は言い返した。

「あ、そうか。なら、ほれ、そこに落ちているやつを使え、鬼姫の刀だけど使えるものは使おう」

視線の先、鬼姫が青鬼の脳天を刺した刀である。

 「なるほど、良い案だ。うん、手に馴染むな。っていうか、青鬼は?」

「あいつが滅してしまったよ。余計なことをしてくれたものだよ…。って、成幸、その刀を見せてみろ?」

「あぁ、これか。見ろ。とても手になじむのだ」

「こいつは…⁉」

清明は先ほどの戦闘、朱色の鬼姫の姿を思い出していた。

「よし、成幸。耳を貸せ。策を授ける」

清明は成幸を呼び寄せ、平屋の角に姿を隠した。

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