清明の戦い
「ちっ、帰ってきたか」
一歩、一歩と音が近づいてくる。
それが鬼の足音だと気付く頃には家屋の屋根から姿が見えていた。
青い色をした鬼がいた。
大きさにして五メートルほどの大きさで、振り上げた腕は家屋を一撃で吹き飛ばした。一瞬にして瓦礫を量産する青鬼はビリビリと空気を割るような雄叫びを上げる。清明と成幸は思わず耳を塞いだもののその声は腹に響いた。
「くっ、鼓膜に響くな」
眉間より生える禍々しくも巨大な一角、牛の角とは比較にならない鋭さを持ったそれはまるで槍のようだった。
「あれが、鬼」
成幸の身体が自然と震えた。
絶対的な上位存在である。
あれには人間は決して適わない、何人いようと適うわけが無い存在だと理屈を通り越してまずは感覚が、生物としての生存本能が先ほどから警鐘を鳴らし続けている。
今ならまだ間に合う。逃げろ。
「そうだ。あれが鬼だ。以前に見た死の百鬼夜行など歯が立たないくらいの大物だ。そして、私の予想した最悪の結果だよ」
いつの間にか清明が成幸を庇うように前に出ていた。
手には呪符が数枚用意されていた。
「清明が予想した?」
「あぁ、どうやら平安の世に不満を持つ奴が馬鹿なことしようとしているらしいな」
訳知り顔で、清明は構える。
「あいつを知っているのか?」
「あぁ、知っているも何もあれは私の能力を使って封印していた欠片だからな」
清明は悠然と言うと駆け出した。
標的はまだこちらに気付いていないのかそっぽを向いている。清明は地面を蹴って高く跳んだ。
まだ壊されていない家屋の高さまで上がると屋根を走り一目散に突っ込んでいく。
その姿を青鬼が捉えた。振り返り様に咆哮する青鬼は家屋のことなど気にしないのか清明目掛けて突っ込んでいく。
「瞬時に発現せよ。急々如律令」
清明は呪符十枚ほど投げつけると、それぞれ呪符に書かれた文字にちなんだ技が発揮された。
『火球』『鉄斧』『木檻』『水爆』『針砕』『火柱』『水砲』『刀雨』『木槌』『雷鳥』『棘雹』
人間ほどの大きさの火球が青鬼を焼き、四肢を鉄斧が傷つけて、木檻で身動きを取れなくしたところを、地面の水気が爆発を起こして、飛散して砕けた石が針のように刺さり、開いた口から火柱が立ち上り、集まった水の砲撃により青鬼を倒したところへ、空より刀が雨のように降り注いで、木槌により刀が身に食い込んでいく、そこへ鳥を模した雷が当たり感電させて、とどめと言わんばかりに高速の棘だらけの雹が青鬼に刺さった。
それが瞬く間に起こると、鈍色の光が発した。
「すごい…これが陰陽師の戦いなのか。いまので倒せたんじゃないのか?」
「いや、青鬼を調伏するのは不可能だ。もう一度封印しなければならない」
焦げた青鬼の傍で清明は九字の法を切った。
「何を言っているんだよ。封印って…」
「こいつらは封印しておかなければならないんだ」
「どういうことだ。こいつは、この青鬼は人間をこんなにも食って、まるで楽しむように殺していたんだぞ。敵だろう。こういう奴のことは敵っていうんだろう?」
視線の片隅では青鬼がゆっくりと立ち上がった。
今の攻撃で完全に清明を敵と見做したのか、清明を見据えていた。
「まったく…耐久性だけは抜群だな。動きは鈍い木偶の坊め」
清明は静かな怒りながら睨み返した。
その瞬間、地面がわずかに動いた。
清明の繰り出した術ではない。清明を取り囲むようにして周辺から数本の鋭利な木の枝が突き出て、襲った。
「清明、危ない!」
成幸は叫んだ。視線の先では清明の身体を木の枝が貫いた。
「そうだったな。お前は“青”を引き継ぐ鬼だ。木を使うのは容易に想像が付いたよ。お前、そうやって人間を潰したな」
木の枝で貫かれた清明は不適な笑みを浮かべていた。
直後、清明の姿は霧散する。
木の枝の先には『模』と書かれた呪符が刺さっていた。
!?
何よりも驚いていたのは青鬼だった。
今までその場にいたはずの標的を見失ったのだ。慌てたようにたじろぎ、清明を探すも見当たらなかった。
「ここだよ。木偶の坊」
「いつの間に…」
気が付くと清明は青鬼の背後に立っていた。
どのタイミングで入れ替わったのか成幸には分からなかった。清明は手には二枚の呪符『鉄斧』『鋸歯』のそれらを投げつける。先ほどの攻撃の中で特に効果のあった攻撃を選んで投げたのだ。斧や鋸と思われる武器が青鬼の足に触れるとまるで豆腐を崩すように間単に切断した。
青鬼は地面を響かせる叫び声をあげ、転倒した。
「陰陽五行説のうち、陰の廻り、木の属性を打ち滅ぼすのは金だからな。金剋木という。金は鉄を表し鉄は木を傷つけて、切り倒すのだ」
清明は大きな青鬼を睥睨するように見下していた。
さきほど投げたのは金の属性を持つ攻撃だった。
その光景は圧倒的な強さであった。
呪符の活用から戦闘の組み立て方まで清明は涼しげな様子で立ち誇っていた。
その姿は紛う事無き、平安最強の陰陽師と云われるに相応しい井出立ちだった。
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