市井を見た鬼姫
そして、数分後。
ひとしきり蹴ると落ち着いたのか鬼姫は自分で着物を召喚したのだった。
「むっすーーー。」
「あ、あの…鬼姫さん?」
「ぷんすか!」
「お、怒っている…」
鬼姫は目に見えて怒っていた。
「当たり前でしょ。天下の往来で乙女の柔肌を晒した罪は重いのよ」
「重いって、どのくらい?」
「良くて島流し、悪くて打ち首よ! っていうか、打ち首よ! 恩赦も執行猶予も無いわ!」
「そんな横暴な…。あれは不慮の事故だと何度言えば分かってくれるんだ」
「不慮!? 不慮の事故で、私を辱めたの!? 男っていつもそう! 肝心な時はいつもはぐらかして、弄んで楽しむのよね!」
鬼姫は叫んだ。
その言葉に、道行く周囲の人がこちらを見ていた。
「こら、人聞きの悪いことを言うな。ちなみにその言い回しは誰から聞いた?」
「橋姫よ。有事の際はこれでどうにかなるって言っていたわ。意味はよく知らないけど相手の男は困るって」
言葉の意味を理解していないのだろう、何も思うところがないような様子で告げた。
「…効果覿面だよ。くそ、橋姫さん…恨みますよ。それよりも自分で召喚できるなら何故すぐにしなかったんだよ。俺に頼るよりも早く召喚できたんだろ」
「本当、素人はこれだから…いい? 私が召喚すると術者に負担がかかるのよ。この場合は清明ね。あんたが召喚しても清明が負担するんだけど、私がするよりはマシなのよ。まぁ、弱っているみたいだし、可能な限り使わない方がいいでしょ」
「そうだったのか…」
成幸は驚愕した。よもや自分が軽く考えたことの裏にそんな事情があったとは。
「それにしても鬼も妖怪もいないのにも関わらず召喚するなんて…はぁ、呆れて文句も言えないわよ」
十分に文句を言った鬼姫は、不機嫌な様子で往来を闊歩していく。
「ごめん…」
「ぷいっ」
取り付く島も無い様子に成幸は肩を落とした。自分も清明に病衣の紐を取られ恥辱を晒したので鬼姫が怒るのは理解していた。怒りが収まるまで黙って鬼姫の後を付いていくしかない。
こういうのはだいたい時間が解決してくれるのだ。
「ねぇ」
「ん? どうした?」
成幸はつられて鬼姫が見つめている方を見る。帰宅する迄、無言のままだと思って諦めかけていると不意に声がかかった。
「あれ、何?」
鬼姫の視線の先には市場の裏手に位置する小路があり、その先には平屋が軒を連ねていた。平民の子どもたちが遊んでいた。
「あれは子供の遊びだよ」
見れば、鬼姫は興味津々と子供達の遊戯を見つめていた。独楽で遊ぶ少年、竹馬をする少女。地面に丸い円をいくつも書いて、端から片足でその円の中を跳んで遊ぶ姿があった。
「へぇ、あれやりたい!」
「お前がいきなり行ったら驚くんじゃないか?」
「あ…そっか」
あからさまに落ち込んだ様子の鬼姫を見て、自分の何気なくいった言葉を思い返した。
「…。よし、少し待ってろ」
成幸は市場の付近に捨てられていた廃材のところまで走っていった。近くにいた左官のような男に何か声をかけて廃材のいくつかをもらっていた。
「お待たせ」
「おおおおおおお」
何を作っているのか見当も付かない様子で数分ほど見ていると鬼姫は驚嘆の声をあげた。
「どうだ。これなら乗れるだろう。竹馬っていうんだ」
大きさにして二メートルほどの高さになる竹馬を乗りこなす成幸の周りを輝いた目で見ていた。先ほどの機嫌が悪い様子は消え去り尊敬の眼差しがそこにはあった。
「すげぇ! 私も乗る、乗る!」
「分かったよ、ほら、こうやって乗るんだ」
せがむ鬼姫に成幸は竹馬を降りると、鬼姫が乗りやすいように竹馬を支えていた。
「こ、こうやって…うわっ」
勢いよく、竹馬の足に乗るもバランスが取れずに竹馬ごと後ろに倒れてしまう。
「痛ったー」
思い切り尻餅を着いた鬼姫はお尻を擦りながら起き上がると、軽く涙を浮かべていた。
「違う違う。足と手が繋がっているかのように意識するんだ」
「手と足が繋がっている…? これ思ったより難しい」
そう言って、成幸は竹馬を支える。乗れ、という意思が伝わったのか鬼姫は成幸が支える竹馬に乗るべく、竹馬に足をかけた。
「がんばれ、もう少しだ」
両足が乗ると、ふらつく鬼姫を支えるように真正面に回り込んで少し倒しておく。
「いいか? 離すぞ」
「ほっ、よっ、っと…。おおお」
右足と左足を上手く操り、右手と右足、左手と左足がくっついているように乗りこなすと、まだだいぶたどたどしくはあるもののしっかりとバランスを取りながら歩いていた。
「上手いじゃないか。」
「うっひょお、高いわー」
鬼姫がはしゃいでいると平屋の前で遊んでいた子供達が近寄ってきた。
「うわぁ、お姉ちゃんすごい」
「どうやったらそんなに上手く乗れるの?」
「教えて、教えてー」
見るといつの間にか数人の子どもに囲まれていた。
「え、えっと…」
鬼姫は成幸の方をちらりと見た。成幸はすぐさま合点がいったのか頷くと、すぐに明るくなったような顔をした。
あの顔は、子供たちと遊んでいいか?
という彼女なりの問いかけだった。
「いいわよ。それじゃあ、これに乗ってみて」
鬼姫は竹馬から跳び降りると、さきほど成幸がやったように竹馬を支えた。
「ええ、怖いよ」
子どもたちの一人、おさげ髪の少女が怯えながら言う。
「大丈夫、私がいるから」
「で、でも…」
「ほら、こうやって支えている」
鬼姫は二本の竹馬を肘で挟み、手で竹馬を握った。これなら安定感が生まれるのだ。
「あ、これなら安心かも」
安心したように、おさげ髪の少女は竹馬に乗るとそこから見える景色に感嘆していた。
「そうそう、上手い。こう、手と足がつながっているような感じで動かすといいのよ」
鬼姫はゆっくりと竹馬を離す、いつバランスを崩してもいいように付かず離れずの距離で見守っている。
「あ、できた」
物覚えが早いのか、少女はすぐに竹馬のコツを掴んで、数歩歩いたのだ。
「うわぁ、千花ちゃんいいなぁ」
「じゃあ今度は早苗ちゃんに代わってあげる」
「うん、ありがとう」
そんなこんなで夕方過ぎまで過ごした鬼姫は、竹馬遊びや駆けっこ、おはじき、を経験した。
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