香澄の往診 その2

「本当にすみません。見苦しいところをお見せしました」

成幸は香澄に頭を下げた。

「いえいえ、こちらこそ。見苦しいところをお見せしたようで」

こうなった状況というのを香澄は目が覚めてからしばらくして知った。

目が覚めた当初は気が動転して家路に着こうとしたものの廊下で、小妖怪たちを目撃して再び腰を抜かしてしまったのだ。このままでは埒が明かないと思った橋姫が夕飯を四人分用意しており、説明を兼ねての成幸の復帰祝いの席を設けたのだ。

「いや、本当に…申し訳ない。誤解をしてしまったようで…」

「え? 誤解?」

「あ、いえ、こちらの話です。それで、お加減は如何ですか?」

「はい、それはおかげさまで何よりです。傷の跡はうっすらとありますが傷は完治したようで心なしか身体が軽いように思えます」

「それは鬼の少女の心臓だからです。契約によって生命力の他にも筋力や心肺機能が上がっているのでしょう」

香澄はちらりと鬼姫の方を見た。鬼姫はと言えば視線に気付きもしないで覚束無い箸使いで焼き魚と戦っていた。両手に一本ずつ持つという何とも的外れなものだった。

「治癒術も使えるとは。香澄殿はとても碩学でいらっしゃる」

「いえいえ、私などは先代から受け継がれていた術をただ継承しているだけの身。清明殿のように式神を使役したり、術を使用することに比べれば安全なところで動いているだけのただ本の虫ですよ」

「いやいや、謙遜ですよ。俺なんぞただの病み上がりの書簡係り。足を引っ張るだけしか能がないと痛感しています。それに比べたら立派なお仕事ではございませんか」

「いやいやいや、謙遜など、私のような若輩者など清明殿の足元にも及びません」

「なんのなんの」

「いやはや、なんのなんの」

照れながら、ははは、と笑い合う二人。お互いを尊敬し合う良い仲である。

「…お前らお見合いでもするのか?」

そんな二人の光景に水を差すように清明はぼやいた。

「な、何を仰られましゅ!?」

「あ、噛んだ」

「噛みましたね」

見かねて箸の使い方を教える橋姫と教わる鬼姫は香澄の方を見ていた。

「いや、なんか初々しいなぁと思って」

そう言って、猪口に入っていた酒をぐいっと飲み干した。

「清明様、僻んではいけませんよ。時間は遡りません」

「私の秘術の一つに時間逆行の術があってな? それを使えば、私もたちまち無垢な少女に早変わり…、その代わりに平安の世には因果律の兼ね合いで悪鬼羅刹が跳梁跋扈することになるがな。試しにやってみるか? はっはっは」

不敵な笑みを浮かべる清明の顔は紅潮していた。

傍には空いた熱燗が2本転がっていた。

「是非ともお止めください。でないとそろそろお酒を取り上げますよ?」

「ちぇ、私にもあったんだぞー。あの頃はまだ無垢な性格だったからなぁ…すれ違う男は皆、私に恋愛の歌を書いたものだよ。なぁ、鬼姫?」

「私に振らないでよ。知らないし。っていうか、痛たたた。今日だけで筋肉痛よ。橋姫って案外人使い荒いわよね」

過去を思い出してうっとりしていた清明を他所に、鬼姫は自分の肩を揉んだ。きっと橋姫に頼まれた釜の掃除と池の掃除の件だろう。

「人使い、って言うか鬼使いだな。そうだぞー。橋姫は一度大丈夫と思った者に対しては強いんだぞー。」

清明は陽気に答えた。

「確か、妖怪が苦手って…」

成幸は思い出していた。

会った当初、そんなことを言っていた気がしたのだ。視線の先では箸の使い方を理解して、黒豆を摘めた鬼姫が嬉々とした表情で口に運んでいた。その傍らで橋姫も笑顔を浮かべている。

「本人はそう言うがな姿が見える妖怪はへっちゃらなんだよ」

あんなふうに、そう付け加える清明は視線を投げた。

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