閑話休題 鬼姫の心境
鬼姫は三日前のことを思い出していた。
ズブッ
体内から響いた音は擬音語にすればそんな音だったに違いない。
胸を貫かれた感触はほとんどといっていいほど残っていなかった。それに痛みは無く、衝撃だけだった。肌を切り裂かれ骨に触れるような感触、骨が折れていく感覚の後、胸の奥に衝撃が走った。
直後、それはすぐに致命傷だと悟った。
程なくして清明が腕を抜き去るとその手には拳ほどの大きさをした赤い塊あり、それが自分の心臓だと思うのに時間はかからなかった。
直後、行き場をなくした血液の濁流が開いた穴から毀れていくのを感じた。本来、流れることのない経路を生命の液体が出口を探して這い出て行く。身体からはゆっくりと力が消え、膝から下に力が入らなくなった。身体は仰臥にゆっくりと倒れていくのを感じてなんとか足で踏みとどまろうとして、できずにそのまま倒れた。
夕方が迫る、茜色の空を見上げながら背中には今しがた胸を貫かれて死んだ男の身体が触れたのだ。
突如、白い光が視界を包んでいた。
それは、噂に聞く走馬灯だと思った。
誰かが言っていたのを思い出す。自分の一生を瞬間的に追体験した後、甘美で救いの世界が訪れるという。
きっとあの光がそうだと思った。しかし、走馬灯では見ることができなかった。
見ることができたのは自分がこの京の都で雪が降る中、清明が誰かと戦っている姿から始まっていた。その後は、自分が何者か分からずに町を出歩いていると他の百鬼夜行に襲われて、傷だらけになっているところを通りすがりの清明が助けてくれたところ。その女性は安部清明と名乗ってそれからというもの夜な夜な話しをし始めたところ。敵意が無いことを知ってからは、色々と相談にも乗ってもらったところ。場所は決まって羅生門。そこで百鬼夜行の作り方。人間に悪さをすれば強くなれることを知った。その為の方法も知った。人間はどんな物が怖いのかも教えてもらった。酒を飲まされたり、人間の遊びも多少は教えてもらった。
そんな最近の記憶しか流れなかった。
それ以前の記憶が無い自分にも走馬灯は機能すると期待していたわけだが、こういう時まで律儀にも役割を果たした走馬灯に何一つ思い出させてくれないのかと愚痴り、すぐに、でも、もしかしたら、死後の世界には自分のことを知る人物もいるかもしれない。
それを探すのも悪くはないだろう。
と思っていた刹那、視界が鮮明になった。
「あれ…? 私に、何が起こったの…?」
鬼姫は確かに貫かれた自分の胸を摩った。
確かに、あの時、自分は清明に心臓を刺されたのだ。
『すまないな。鬼姫』
そう言っていた。
清明とはしばらくの間、一緒につるんでいた。
その中でも少なからず清明の性格を知っていたつもりでいた。その中の彼女は決して容易にすまないという言葉を使うことはしなかった。そんな清明があの瞬間、確かに言ったのだ。
「そんなに、あの男が大事…」
確か、名前は源成幸とかいう冴えない男だった。
陰陽師でも無いし、『呪』への耐性も無い。まず一般人である。当然、能力は欠片も無い。素養も才能だって感じられない。
「なんだって、そんな奴を清明は大事にするのよ」
縁側を闊歩する鬼姫は塀の向こう、清明がいるであろう南西の方角へと目をやった。
「とりあえず、あいつが帰ってくるまでの辛抱ね。話はそれからよ」
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