Emotion falls into a deep hole

 アタシはカバンから封筒を取り出すと、中身を見ずに床へと放った。担任の先生から何度も渡されたこの封筒は、アタシを縛り付ける鎖のようで気に入らなかった。

 この封筒の中身は感起師としての実力を認められ、本当のプロの感起師として活動しないかという、いわば飛び級の案内のようなものだ。

 初めてこの封筒が渡されたときは嬉しかった。自分の努力と実力が認められたような気がしたからだ。だけど、こう何回も断っているのにしつこく渡されると、誰だって嫌になる…と思う。

「これで5回目…。あと何回断れば終わるんだろ…。」

 アタシはこの封筒を初めて貰った去年の9月、中身を確認した後、断るよう担任に伝えた。アタシの中で、まだ納得のいく実力をつけていないという理由で。次に貰ったのが、去年の11月頃。丁度、ペアだった恵梨が克服した次の日の放課後だ。アタシはもちろん、それも断った。その次は年が明けてからすぐに、その次はゴールデンウィークが終わってから。流石に、夏休み中に封筒が送られることはなく、また封筒に嫌気がさして、少しの間ペアを持ってなかったからしばらくは見てなかった。ユーセーとペアになったのは、チャレンジ精神もあるけど、アタシとは全然合わないと思ったからだ。これで失敗したら・・・って考えると、ユーセーには悪いけど、もう封筒は届かないって思ってる。だからと言って、ユーセーのことはないがしろにするつもりはない。ユーセーに言った、自信があるってのは本当だし、アタシ自身の可能性も確かめてみたいから。

「・・・っと、また考えこんじゃった。さっさと次のことしないと。」

 封筒が届き始めてからというもの、自分の大きくなった虚像だけが独り歩きしているようで、それでいてアタシ自身がそれに合わせるようになってしまったせいですごく疲れてしまう。だからこんな後ろ向きになってしまうんだと、頭ではわかっていても、気持ちが追い付かない。

 アタシはアタシの後ろ向きな気持ちを振り払うように、靴を履いた。


 アタシはいつもの廊下を歩いて、研究室を目指す。誰の研究室かといえば、もちろん牡丹先生。放課後のこの時間なら、大体は居るはずだ。

 研究室の前に着くと。滞在ボードには滞在中のランプが点灯していた。アタシはそれを確認すると、ドアをノックして中に入る。

「センセー、入るね~。」

 アタシが研究室の中に入ると、先生はプリントをまとめていた。

「あら、真春ちゃんいらっしゃい。ちょっと待っててね。」

 先生はそう言うと、手早くプリントをまとめた。

「お待たせ。今日はどうしたの?」

 椅子に座って待っていると、先生が向かい側に座った。いつもの、落ち着いた笑顔を向けられると、なぜだか思ってることを正直に話してしまう。

「あのね、今のペアのことで相談なんだけど。」

 アタシは先生に、ユーセーのことを話した。うちの学校にシンドロームの末期患者がいること。その子にペアになってもらったこと。そして、言われたくなかったことを一番最悪なタイミングで言われたこと。そして最後に・・・。

「正直に言うとね、アタシ、ユーセーを克服させられるかどうか、わからないんだ。いつもならピンってくるんだけど、ユーセーにはピンってこないの。それでも、やってみたいって気持ちに負けちゃったんだ。」

 先生は口を挟むことなく、ゆっくり相槌を打ちながら聞いてくれていた。

 アタシが話し終わると、先生は確かめるように聞いてきた。

「例えどんな結果になったとしても、後悔しないって言える?」

 先生のこの質問は、ユーセーとアタシがどうなるかだけじゃない、もっと大きなモノに対して言っているように聞こえた。それだけ、アタシが進もうとしている道は険しくて、覚悟が必要なんだとわからせられる。

「うん、言えるよ。アタシはアタシを信じているから。」

 少したじろいてしまったけど、進むって決めたからには、止まれないし戻れない。これを乗り越えていかないといけない気がする。

 いわゆる、ギャルの勘ってやつ。

「そっか、それなら大丈夫だね。」

 先生は満足そうにうなづくと、立ち上がってポットへと向かった。

「今日はもう終わりだから、もう少ししたら帰るつもりだけど、真春ちゃんはどうするの?」

 先生はお湯を沸かしながら聞いてきた。

 アタシはうーんと唸って、どうしたものかと考えた。

「あっ。センセーってさ、ユーセーのこと知ってるの?」

 何となく、思い付きで先生に聞いてみた。

「知ってるならさ、場所変えて聞きたいなって思って。」

 途端に、部屋の雰囲気が冷たくなる。何か、踏んではいけないものを踏んでしまったかのような感じ。

 研究室が、ポットのお湯を沸かす音で包まれる。ごうごうとポットの中で沸騰するお湯の音で、全てが構成されていると錯覚し始めたとき、ポットの軽快なメロディーが聞こえて、お湯が沸いたことをポットが告げた。

 どれくらい、こうしていたんだろう。

 先生が振り返る。その動作は、酷くゆっくりに見えて、どこか怖かった。

 先生が口を開く。

「真春ちゃん。私たち感起師が、どのようにして今のように成り立っているのか、知ってる?」

 何故か、口を開けない。アタシは、首を横に振る事しか出来なかった。

「そっか、じゃあ私の行きつけのカフェに行こ?そこで話すよ。」

 こうして、先生の行きつけのカフェへと向かった。

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