邂逅と糸口

 俺は寒くなってきた教室で縮こまりながら、どうしたもんかと考えていた。

 現状では真春さんはすごい人って扱いが嫌らしい。それは、昨日の会話を思い出しながら考えまくった結果、人を選べない「感起師」と違って「感起師」でない自分は人を選べるのに、もう既に「感起師」として見られていることに対する怒りである・・・と思う・・・。いわゆる本気度の違いってやつだ。

「それでもすごいのに変わりねぇんだけどなぁ・・・。」

 愚痴っぽく言って窓の外を見ようとすると、誰かの視線を感じた。薄っすらと反射する窓ガラス越しに、誰かと目が合う。その誰かは、目が合うと同時に俺の方へ迫ってきた。

「あのさ、金重君だよね。俺のこと知ってる?」

「えっ、あ、藍沢・・・さん・・・?」

 俺に急に話しかけてきた人は、隣のクラスの藍沢あいざわ 爽太郎そうたろうだ。この爽やかイケメンは名前のごとく爽やかなイケメンで、なんと彼女持ちである。それでいてカップルで感起師を目指しているという、俺とは真逆の存在だ。

 そんなイケメン君が、なぜ俺に話しかけてきたのか全然わからないという顔をしていると、そんなことは一切目に入っていないようで話を切り出してきた。

「昨日さ、春秋先輩とペアだって話を聞いたんだけど。」

 今しがた悩みの種である真春さんについての話であるそうだ。それに関しては、正直言葉に詰まる。

「んでさ、春秋先輩について聞きたいことあるんだけど、いいかな?」

 俺がばつの悪そうな顔をしてると、それを察してか藍沢さんは言葉を続けた。

「あっ、なんか話したらダメって言われてんなら無理して聞き出そうとしないから安心して?俺らさ、春秋先輩のこと尊敬してて、どんなことやってんのかなって気になってさ。」

「いや、別に話したらダメとか言われてないし問題ないけど・・・。」

 実際に何も言われていないし、むしろ相談できる相手が欲しかったからこっちとしては歓迎すべきところなのだろう。

「おっ、本当?なら連絡先交換しとこう。」

 そう言って藍沢さんはスマホを取り出す。そしてファインを起動してIDをコードを見せてと言ってきた。俺は藍沢さんにコードを見せて、無事に藍沢さんとファインで友達になった。

「んじゃまた連絡するね。今日は彼女と勉強するからさ。」

「わかった、また今度ね。」

 そう言って藍沢さんは自分の教室へと帰っていった。次から次へと有名人との絡みがあると、必然的に俺への注目も集まる。俺は心の中で勘弁してくれよと毒づきながら、再び真春さんのことを考える。・・・あのことは藍沢さんに言ってもいいのだろうか。

「勉強て、どこまでやるんですかね・・・。」

 特に意味のない思春期の男子らしいことを呟きながら、机に突っ伏した。


『悠誠君、今大丈夫かな?』

 ファインの着信音がスマホから流れる。俺は、特にやることが無くて惰性でやっていた勉強を切り上げて、ベッドに放っていたスマホを手に取る。自動で付いたスマホの画面には、昼間にIDを交換した藍沢さんからのメッセージが送られていた。

「来たか・・・。」

 俺はどのような反応をするべきか少し迷ってから、普通に返すことにした。

『ちょうど暇だったよ。』

 メッセージを送った直後に、既読が付く。すぐさま、藍沢さんから返信が来た。

『よかった、忙しかったらどうしようって送った後思っちゃってさ。』

 立て続けにメッセージが送られてくる。

『文字のままもあれだし、通話にしよう。』

『わかった。』

 俺が了承のメッセージを送ると、そのまま藍沢さんから着信が来た。そのまますぐに出る。

「もしもし、時間とらせてごめんね。」

「ほんとに暇だったから大丈夫だよ。」

 マイク越しにイケメンボイスが聞こえてくる。相変わらずのイケメン具合で妬けてくるぜ。藍沢さんは早速本題に入った。

「早速だけど、春秋先輩とペアの金重君に聞きたいことあるんだ。」

 何を聞かれるか妙に緊張しながら次の言葉を待った。

「金重君は昨日ペアになったばっかりだから、まだわからないだろうけど、どんな風な治療をするかとかって聞いたりしている?」

 藍沢さんの質問は、真春さんの治療の内容に関するものだった。続けて藍沢さんはこう言った。

「春秋先輩はすごい感起師だから、どうしても気になってさ。克服したら転校する人も多いし、今のうちに聞いておこうと思って。」

 ―すごい感起師。真春さんはすごいと言われるのを嫌がっていた。ここで俺は、一つ確認をしておこうと、次のように言った。

「感起師の卵の藍沢さんに聞くんだけどさ。」

「さんは付けなくていいよ。爽太郎でもソウでも好きなように呼んで。」

「え、あぁ、じゃあソウで。俺のことも悠誠でいいよ。でさ、真春さんってやっぱりすごいの?」

「うん、すごいよ。あのペースはプロの感起師でもなかなか居ない。」

「スピードもだけど、どこがどうすごいのかわかんなくてさ、感起師目線で教えてほしいんだ。」

 俺が言い終わると、ソウはなるほどと呟いた。その後、スピーカーの向こうで物音を立てて、何かを探しているようだった。

「お、あったあった。ごめん、待たせたね。」

 ソウはお目当ての物を探し出したらしく、通話から離れたことを謝ってきた。

「いや、大丈夫。それより何を?」

「昨年度までの、感起師のデータをまとめた本を探していたんだ。日本で一番大きい奏感大学病院の先生たちだけのデータだけどね。それでも、十分な量だよ。仮にこれで足りなかったとしても、すごい人のデータなら調べればすぐに出てくるし。」

 ソウは口で説明しながら、ページをめくっていた。

「そのデータをみるのと、真春さんがすごいのってどう関係があるんだ?」

 俺は率直な疑問を口にした。感起師データを用いて療法を確立できない難しい医療なのは、今に生きている人ならば誰でも知っていることだからだ。

「確かに、データを見ても参考になるものはないね。カッコつけてデータなんて言ったけど、言ってしまえば患者のプライバシーを極限まで消したその年の報告書みたいなものだよ。大学病院の信用が厚いのも、この報告書が一役買っているんだ。」

 ソウは俺の疑問に答えつつ、スマホで写真を撮る音が聞こえた。すぐさま、画像が送られてくる。

「これは・・・?」

 ソウから送られてきたのは、感起師の先生の名前と、患者と思われる人たちの年齢と性別、克服までに至った時間が書かれていた。それが複数。

「見てもらうとわかると思うけど、感起師の先生の報告書だよ。風邪とかの報告書ならこれからも腕なんかがわかるらしいけどね。感起師は人の心に関わるから、これだけで全て決まるって訳じゃないけど、期間の部分を見てほしい。」

 俺は言われた通りに期間の項目―克服までの時間の部分―に目を落とした。

「先生の年齢は出来るだけ高校生に近い人、かつ、高校生のような学生をメインに治療している人たちのデータだよ。完全な比較対象ってわけじゃないけど、だいたい3~4カ月が平均だね。」

 合う合わないもあるだろうが、それでも性別や年齢を問わず安定している。流石はプロだ。

「そして、春秋先輩なんだけど、これはデータが無いんだ。だけど、悠誠みたいに声かけて、ペアだった人と話をしたことがあるから。」

 ソウはそこで一回言葉を区切った。一瞬だったが、じれったくなりすぐに口をはさむ。

「それで、真春さんは平均どれくらいなんだ?」

「2~3カ月。あくまでも平均だけど、それでも早い。」

 俺は言葉を探した。真春さんの人を選んでいるという言葉が、頭に引っかかって離れなかった。

「あ、あのさ、プロの感起師で克服までの時間が早い人って、人を選んでたりするものなのか?」

 俺は好奇心というか、興味というか、あの言葉に引きずられてつい聞いてしまった。

「選ぶ人は選ぶね。というか、選ばない人の方が少ないかな。逆に選ばない人は、世間では目立たないけど、感起師界ではそっちの方が有名だったりするんだ。」

 ソウはこう答えた。そこでおれは気になったことを聞いてみた。

「それならさ、人を選ばない先生の方が世間でも有名になったりするもんじゃないのか?話を聞く限りじゃそういう風に聞こえるけど。」

 俺がこう言うと、ソウは苦笑いして俺の質問に答えた。

「そうだね、確かに、そういわれるとそうだ。だけどね、有名にならない、というかなれない理由が2つあるんだ。まず1つ目は、このタイプの感起師がすごく少ないこと。ほんとに少なくて、感起師の全体の一割程度と言われてるんだ。」

 全体から見て少ない。それは有名になりにくい原因としては確かにある。マイナーなものはメジャーなものに押しつぶされて消えてしまうのなんて世の常だ。テレビの特番なんかで一時的に名を馳せたりもするが、それでもすぐに忘れられてしまう。人を選ばない感起師とは、それほどまでに少ないということが、ソウからの説明と、今まで生きてきて一度も耳にしていないことで納得した。

「2つ目は、克服までの時間が長いことだね。春秋先輩も含めて2~4カ月が平均として、選ばないタイプの先生は早くても半年、長いと1年はかかるんだ。今、というかこういうものって早く治したい人がほとんどだから、そうなると必然的に早く克服できる先生の方へ流れていくのは当然だね。」

 ―早く治したい。それは、病気なら誰でもそう思うだろう。現に、シンドロームによって苦しんでいる人がいる。そういう人は、どんな手段を使ってでも治したいはずだ。それも早く、出来るだけ早く。そしてそんな人が大半だ。何と言っても、国が病気と認めざるを得ないくらいに深刻だから。

 ソウの説明を要約すると、全体から見て少ない上に、需要がない。だから有名じゃない。

「ということは、真春さんはその人を選ばない感起師の方がすごいって思ってて、わかってて、すごいって言われるのが嫌だったってことか・・・?」

 全てに合点がいって、小さく呟いた。

 俺の呟きは、誰にも聞こえずに消えていった。

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