森を見て木を見ず

 ―なんであんなこと言ったんだろう。

 アタシは、教室へ向かっている間、このことばかりを考えていた。

 アタシは、自分が過大評価されているのが嫌いだ。アタシの外見のせいか、アタシのことが苦手な人は近寄ってこない。というか、アタシから声をかけることのほうがほとんどだ。その中で、断られた回数というのも少なくない。みんな、アタシの成功の部分だけを見て、失敗したことがない人みたいな評価をしてくる。

「・・・、ちゃんとアタシを見ろよな・・・。」

 アタシは、誰もいない廊下で小さく呟いた。


 午後の授業が終わると、アタシは奏感大学へと向かった。奏感大学は主に、心的病気やシンドロームなどの心理的・精神的な病気について専門に研究してる大学で、大学病院も併設されている。

 アタシは、その中のシンドローム研究部の一員であり、今のアタシを半分以上作っているアタシの先生に会いに行く。

「センセー?いる?」

 アタシは先生の研究室のドアをノックしながら呼びかける。

「はーい、開いているわよ。」

 中から先生の声が聞こえると、アタシは勢いよくドアを開けた。

「あら、真春ちゃんじゃない。また遊びに来たの?」

「遊びにじゃなくてベンキョーしに来てるの!」

 この人が、アタシの先生の宮上みやうえ 牡丹ぼたん。シンドローム患者の克服に費やす時間は平均かそれを少し上回るけど、ほとんどの人を克服に導いてきたシンドロームのスペシャリスト。アタシが人を選ぶ代わりに克服まで早いのなら、牡丹先生は時間が少しかかる代わりに人を選ばない。感起師としては正反対だけど、気が合うし、お互いに良い刺激や考え方を共有できる友達みたいな関係になっている。

「あのさ、センセーって学生の時に天才とか凄腕とか言われてもてはやされたことある?」

 アタシは、先生を自分に重ねて、自分と同じ境遇だったのかどうかを知りたくなった。

 ―もしかしたら、解決策があるかも。

「私?私は・・・そうねぇ・・・。真春ちゃんみたいに克服まで早いってわけでもなかったし、そんなに言われてなかったかなぁ。功績が認められてきたのは学生生活が終わるころだったし。急にどうしたの?」

 帰ってきたのは、期待とは違う答えだった。感起師としての性質が正反対なら、評価のされ方も全く違う事なんて、少し考えればすぐにわかるはずなのに。それだけ、ユーセーのことで参っていることを、否が応でも実感してしまう。

「いや、ちょっとね・・・。有名人扱いされ始めてさ、アタシ。あんまりそういうの好きじゃないんだけど・・・。」

「なるほどね。言いたいように言わせておけばいいんじゃない?その有名人の真春ちゃんになろうとしなくたって、真春ちゃんはステキな感起師なんだから。」

 先生はそう言うと、アタシに資料を渡してきた。

「はいこれ、あなたが欲しがってたシンドローム末期患者のレポートよ。こんなの欲しがるなんて、真春ちゃんも物好きね。」

「あ、ありがとう。アタシの知らない世界もみてみよっかなって思ってね。」

 アタシは資料を受け取ると、迷いと後悔を振り捨てるように頭を振った。

「あ、ごめんね。研究部からの電話出なきゃ。多分戻ってこれないから、今日はここでお開きにしておこっか。」

「わかった!お仕事頑張ってね。」

 アタシたちは研究室から出ると、それぞれの目的地に向かって歩き出した。



 俺はあの後、午後の授業が終わるとバイトへ向かった。本来の正常な人間だったら真春さんの一件で悲しんだり悩んだりするのだろうが、生憎のところ俺には悲しいという感情がわからない。悩みはするが、今このタイミングで真春さんに連絡を入れたとしても勉強中だろうし、時間を置くことにした。

「そういえばテストあるよな。勉強しないとな。」

 ぼんやりと来月のテストのことを考えながら、自転車をバイト先へと走らせた。


「ありがとうございました。」

 閉店前最後の客が店を出ていくと、閉店作業に取り掛かった。

「お疲れ、悠誠。今日は手際悪かったけどなんかあったのか?」

 レジの終了作業をしていると、店長から声をかけられた。

「あ、いや。もうすぐテストだなぁって思って。」

 真春さんのことについて話そうと思ったけど、やめる。なんとなく、自分の力で解決しないといけないような気がした。

「そうか、もうすぐテストかぁ。なっつかしいなぁ。ちゃんと点取れそうなのか?」

「まぁ、毎回それなりに出来てるんで、今回も大丈夫じゃないっすかね。」

 店長は懐かしむように笑いながら、話を続ける。

「そうこないとなぁ。ウチは人あんまりいないからさ、悠誠がいないと回んないんだよ。」

 俺はその話を半分聞き流しながら、真春さんのことについて考えてみる。

 真春さんは、有名人扱いされるのが嫌いなのは昼にわかっている。何故そうなのかについては不明だが、とにかくそのことについて触れないほうがいいのが、現時点で考えうる最善の方法だ。

 ここまでは、俺だけでも実現可能な範囲ではある。けど、クラスのみんなはそうはいかない。クラスだけじゃなくて、学年・先生・学校、奏感高校に通う全ての人が真春さんのことを知っている。

「どうしたもんかなぁ・・・。」

 俺は、レジの終了作業を慣れた手つきで済ませながら、物思いに耽って(ふけって)いた。

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