高嶺の花はわからない
『バイト終わりました。』
俺は、真春先輩に約束していた通りに、バイトが終わるとファインでメッセージを送る。
『お疲れ様!もう寮にいるの?』
『いや、今バイト先から出たとこっす。今から自転車で帰るんで、また帰ったら連絡します。』
『わかった!気を付けてね。』
俺はメッセージを確認すると、冬の色が強くなった秋の夜風をかき分けながら、寮へと自転車を走らせた。
真春先輩とペアになった翌日の朝。この日は、いつも俺を起こしてくれるアラームとは別の音で目が覚めた。
「ユーセー!起きてるー!?」
ドンドンドンと寮の扉を叩く音と一緒に、真春先輩の声が聞こえてきた。
「うぇ…!?な、なんだ…?」
俺は寝惚けた頭で、状況を整理する。
えっと…バイトから帰って、シャワー浴びて、真春先輩からのメッセージ返して…。そのまま寝てしまったのを、記憶が途切れてることで思い出す。
「ねー、忘れちゃったの!?一緒に学校行くって約束したじゃん!」
その一言を聞いて、慌ててスマホを付ける。ファインには、このようにメッセージが残されていた。
『帰りました。』
『おかえり!明日さ、一緒に学校行こうよ!お互いのこと少しでも知るために自己紹介とかしたいし。』
『いいっすよ。バイトのせいでもろもろ出来てなかったっすからね。』
『よかった!なら明日の朝、部屋の前で待ってるね!何号室?』
『309号室です。』
『よし!じゃあ明日の朝ね!』
…やってしまった。俺は大急ぎでブレザーに着替える。ネクタイも適当で、上着のボタンも開けっ放しで部屋を飛び出す。
「おそーい!遅刻するかと思ったじゃん!」
「す、すみません…。」
真春先輩は怒ったかのような顔をしていたが、すぐにいつも通りの笑顔に戻って歩き始める。
「じゃあ行こっか。」
その笑顔を見ると、不思議と期待と安心が胸の中をよぎった。
日に日に寒くなる通学路を歩きながら、隣にいる人と集められる視線に寒さとは別の理由で縮こまる。
「真春さん、おはよう!」
「ハルちゃんおはー!」
ここまで広い友好関係と、厚い信頼を得られているのも、真春先輩の日頃の努力の結晶なのだろう。
隣にいる自分は、特にこれといって何かをしているわけでもなく、周りに合わせてるだけだ。そんな自分が隣にいることが、身の丈にあっていないことの様に感じて、気が引けてしまった。
そんな俺を横目に、真春先輩は挨拶を返していた。
「それじゃあ、改めて自己紹介しようか。」
小さくなった俺を見て、真春先輩は元々やる予定だった自己紹介を切り出してきた。
「もうアタシのこと知ってるみたいだけど、アタシからね。アタシは春秋 真春。学年は2年C組で、感起師を目指してるよ。趣味はお洒落することで、好きなことはショッピングとお話すること。これからたくさんお話するだろうし、そこからもっとお互いの理解深めていこ!はい、じゃあ次はユーセーの番!」
真春先輩は軽い自己紹介を済ませると、俺に自己紹介をするように促してきた。
「真春先輩って結構グイグイ来ますよね。」
「あー、えっと、先輩じゃなくていいよ。上下ってより隣にいる人って感じに思ってほしいからさ。」
「ん…じゃあ…真春さん…?」
俺がそう呼ぶと、真春さんは満足そうにうなずいた。俺はそのまま、自己紹介を続ける。
「俺は金重 悠誠。学年は1年B組っす。趣味は音楽聴くことと、昼寝することっす。これといって目指してるものもないし、話すこともそんなにないっすけど、よろしくお願いします。」
真春さんに比べるとずいぶんと実りのない自己紹介を終わらせたところで、学校の正門が見えてくる。
「それじゃあ、また昼休みね!今度は寝てないで起きててよ?」
「あ、はい…。ちゃんと起きときます…。」
真春さんはそう言い残すと、教室へ向かっていった。その後ろ姿を見送った後で、真春さんの言葉を復唱する。
「…ん?昼休み…?」
半分以上の時間を、寝るか考え事で費やした授業時間が終わり、昼休みに入る。適当に書いたノートと教科書を片付けていると、教室がざわめき始めた。
「なぁ、あそこにいるの春秋先輩じゃね?」
「ほんとだ、なんで春秋先輩がいるんだろ?」
俺が教室のざわめきに気がつくのと同時に、俺を呼び掛ける声が聞こえた。
「ユーセー?ユーセーいる?」
その呼び掛けが教室へ響くと、真春さんに注がれていた視線が全て俺の方へ向く。
「お前、いつの間に春秋先輩と仲良くなったんだよ!今度紹介してくれよ!」
「金重くんばっかりずるいよ!私たちにとって高嶺の花なのに!」
「うえ!?いや、ちょっと話するだけだから…!」
俺はクラスメイトの質問攻めを強引に突破して、真春さんの元へ向かう。
「真春さん…少しは自分が有名人ってこと自覚した方がいいっすよ。」
「それくらい知ってるよ~。ちょっとだけだから、ユーセーもあんまり気にしないで?」
意外と有名人には自覚が無いんだなと、改めて思い知らされた。
「ところで、わざわざ昼休みにどうしたんですか?」
「どうしたって、一緒にお昼食べようかなって。」
真春さんは当たり前じゃんみたいな顔をしながら、学食へ向かう。
「ユーセーって学食派?それともお弁当派?」
「購買で買ってるんで、学食っすかね。食べるのは別の場所っすけど。」
「ユーセーは購買派なんだね。それならアタシも購買で買おっかな~。」
真春さんはそう言うと、人が並び始めている購買へ向かっていった。俺も真春さんの後を追い、購買へ並ぶ。
「クリームパンとクロワッサン下さい~。」
真春さんは購買のおばちゃんからパンを受け取り、お金を払った。
「あの…。」
「あら、悠誠くんじゃない。いつものでいい?」
「あ、はい。お願いします。」
俺はすっかり顔を覚えられてしまい、毎回買っているあんパンとメロンパンを受けとってお金を払った。
「いつもどこで食べてるの?」
「特に決めては無いっすから、テキトーに空いてる場所で食べてます。」
「そっか、なら向こうのベンチにしよっか。」
真春さんは、外の木陰のベンチを指して、そこへ向かった。俺も後を追い、そのベンチへ向かう。
ベンチに座ると、秋風と暖かい木漏れ日が心地良い。
俺たちは、購買で買ったパンと、ベンチへ向かう途中の自販機で買った飲み物を取り出して食べ始める。
「真春さんって自分で思ってる以上に有名なんですよ。そんな人が、俺みたいな末期患者とペアになるって言うんだから、注目浴びまくりですよ。」
俺はダメ元でもう一回、真春さんに有名人だということを自覚してもらおうとした。
「だから、ちょっとだけ有名なだけだって。アタシがペアになってもらうとき言ったでしょ?アタシのことどうしてもダメって人とはペアにならないって。」
真春さんはそのまま言葉を続ける。
「感起師って、お仕事だからね、そんなに合わないって人でもちゃんと『お仕事』しないといけない時があるの。でもね、私はまだ感起師じゃない。だから、人を選んでるの。アタシってほんとはズルいんだよ。それなのにすごいって言われても、そんなに嬉しくないんだ。」
真春さんは、困ったような、哀しそうな顔をしてそう言った。確かに、凄腕と謳われる感起師も、軽度の患者を克服に達するまで診れない事例もあるし、新人が末期患者を克服させた例もある。この事例を踏まえて、真春さんは、自分の最善を出せる人を選んでいると言う。
それでも、と俺は食い下がる。
「それでも、真春さんはすごいんです。いくら相手を選んでるからって、こんな短期間で―」
「もうこの話やめよ。ユーセーから見たアタシは、本当にそのアタシなの?」
真春さんは、俺の言葉をさえぎってこう言った。顔は笑ってる。けど、瞳の奥に凄く暗いものが見えたような気がした。
それからというものの、会話もほとんどなく昼休みが終わった。
「よいしょっと・・・。ユーセーは今日もバイト?」
「あ・・・えっと・・・バイトっす。」
「そっか、アタシも勉強するから、待たなくていいよ。それじゃ、また明日ね。」
真春さんはそういうと、教室へと向かった。俺は、真春さんのあの目が忘れられず、見送ることができなかった。
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