ひとり反省会 Side.M
子供たちの様子がなんだかおかしい。
うちには高校生になる息子の功と、中学生になる娘の麻衣がいるんだけど、普段はなんだかんだで仲がいいなずなのに、今日はずいぶんとよそよそしかった。
功が麻衣の部屋に入ってからなんだけど、何かあったのかしら。
なんとかガマン選手権とか聞こえてきたけど……、なんのことなのかはわからなかった。もう若い子の話題にはついていけないわね。
とにかく、二人のことはできれば二人に任せたいけど、なにかあったらちゃんと助けてあげるつもりだ。
それが母親である私の役目なんだから。
翌日、功がこの世の終わりのような顔で帰ってきた。
「ちょっと、どうしたの?」
さすがに心配になって声をかけたけど、うつろな眼差しが返ってきただけだった。
「ああ、うん。なんでもないよ母さん……」
明らかになんでもなくない声で答えると、そのまま部屋へとこもってしまった。
ときおり部屋の中からうめき声のような声も聞こえる。
どこか具合でも悪いのかしら?
やっぱり様子を見に行った方が……。
でも年頃の男の子は、母親が部屋に入るのを嫌がるというし……。
どうすべきか廊下の入り口で迷っていると、となりの部屋から妹の麻衣が出てきて、そのまま功の部屋へと入っていった。
その光景を見て私は感激してしまった。
ああ……! お兄ちゃんのことが心配になって様子を見に行ったのね……!
普段はなんだかんだケンカも多い二人だけど、助け合うべき時はちゃんと助け合える。
素直で優しい子に育ってくれてお母さんうれしいわ。
二人の育て方に迷うこともあったけど、ちゃんと育ってくれていたのね。
部屋からは功と麻衣の話し声が聞こえてきた。
母親の私がいたら話しにくいこともあると思うし、ここは二人だけで話をさせた方がいいわよね。
あとは子供たちに任せて、年寄りは退散しましょう。
ふふ、今日のお夕食は二人の好物にしてあげちゃおうっと。
そう思って戻ろうとしたとき、二人の声が聞こえてきた。
「お兄ちゃんのヘタレ……」
麻衣の呆れたような声が聞こえた。
ははあ、お母さんわかっちゃった。
功のあの落ち込みようは、なじみさんとなにかあったからなのね。
ヘタレって言われるくらいなんだから、なじみさんになにかしようとしたけど、できなかったんでしょう。
デートかしら? それとも、もっと先のこと……?
いいわねえ、青春って。私も高校生に戻りたいわ。
あのころはあの人も今よりもっと……。
……はっ、いけないいけない。
思わず感傷に浸ってしまっていた。
年を取ると昔のことばかり考えるようになってしまう。いやねえ、年は取りたくないものだわ。
今は二人の子供たちのことを考えなくっちゃ。
頭を切り替えて台所へ戻ろうとする。
そのときだった。
あの声が聞こえてきたのは。
「昨日はわたしに無理矢理キスしようとしてきたくせに!」
……えっ。
えええええっ!?
ど、どういうこと!? 功が麻衣に無理矢理キスしようとしたってこと!?
そ、そんなことないわよね。きっと私の聞き間違いに違いないわ。
だってあの二人は兄妹なんだから、そんなことするはずないじゃない。
うんうん、そうよ。
それに功にはなじみさんがいるんだし。
なのに妹にも手を出すなんて、そんなふしだらな子に育てた覚えなんかありませんよ……!
そ、そうよ。大丈夫。私は子供たちのことを信じてる。母親の私があの子たちを信じなくてどうするの。
これはそう、きっとなにかの間違いだわ。だから心配なんていらない。
「……でも念のため、もう少しだけ二人の話を聞いておこうかしら……」
音を立てないように近づいて、扉に耳を当てる。
室内で話す二人の声がかすかに聞こえてきた。
「なにいってるんだ」
功が否定している。
うんうん、やっぱりそうよね。
もちろんお母さんは信じてたけどね。
「キスしようとしてきたのはマイの方からだろ」
麻衣からなの!?
「だって、あれは、お兄ちゃんが、その……」
麻衣の声が急にトーンダウンする。
ど、どうして否定しないの……?
それじゃあまるで本当のことをいわれて強く言えなくなっちゃったみたいじゃない!?
「そもそも、お兄ちゃんはなじみさんが好きなんでしょ……? だったら、好きでもない兄妹のわたしとなら、ノーカウントだし……」
ノーじゃないわよ! イエスカウントよ!
「なにいってるんだ。マイを好きなのは本当だぞ」
「……ふえっ!?」
……ええっ!?
まさか、兄妹で、本当にそんな関係に……?
「だ、だ、だって、わたしたち兄妹なんだよ……? なのに、そんなの……」
「なんで兄妹だと好きになったらダメなんだ?」
もちろんダメに決まってるでしょ!
「じゃ、じゃあ……わたしもお兄ちゃんのことを、好きになっても……いいの……?」
いいわけないでしょーっ!?
「当たり前だろ」
「お兄ちゃん……♪」
麻衣が甘えた声をあげる。
初めて聞く、恋する乙女の声だった。
……ああ、こんなのはダメよ。絶対にダメ。
二人のことはなるべく自由に育ててきたけど、その育て方は間違っていたのかもしれない。
これはもう今すぐ中に入って、二人にきちんと言い聞かせないと。
その結果二人に嫌われたとしてもかまわない。それで子供たちが正しい道に戻れるのなら。
それが、母親としての勤めなんだから。
私は固い決意と共にドアノブに手をかけた。
「母さんのことも好きだしな」
「………………ふえ?」
思わす変な声が出てしまった。
い、いま、私のことを好きって……?
そ、それってつまり、功が、私のことを、そんな目で……?
………………。
………………だ、ダメよっ。そんなのはダメ……っ。
だって私と功は実の親子なのよ……。
そんなの……そんなの絶対に許されるわけ、ないんだから……!
そりゃ確かに私は功のことを息子として愛してるけど、それ以上の感情なんてないし、たまに功の横顔にあの人の面影を感じてドキッとしたり、こっそり撮った写真を待ち受けに設定して眺めたりすることはあるけど、これは息子がいる母親なら誰でもやってることだからなにひとつ問題はないし……。
「お兄ちゃんのバカ! へんたい! なじみさんに振られて死んじゃえー!!」
やがて麻衣が真っ赤な顔を手で隠しながら部屋を飛びだしてきた。
そのまま自分の部屋に引きこもってしまう。
おそるおそる功の部屋を覗いてみると、功がベッドの上でうつ伏せになっていた。
まるで大好きな人に振られた直後のように。
マイに振られたのがそんなにショックだなんて……。
「……功を正しい道に戻すためにも、私がいっぱい愛してあげなくちゃ」
私は固い決意と共に、自分の部屋へ戻っていった。
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