再びの練習会……?
「だから、また練習……しよ……?」
熱を帯びてかすれた声が響いた。
マイのほうに目を向けると、耳まで真っ赤になった顔が見えた。
ベッドの端に浅く腰掛け、膝の上で両手をぎゅっと握っている。
目はうつむくように下を向いていて、決して俺を見ようとはしなかった。
だけど意識は確実に俺へと向けられている。
その証拠に、俺が少し動いただけで、小さな体がビクリとふるえた。
マイがあわてたように言い訳をはじめる。
「いやっ、あの、練習っていっても変な意味じゃなくて、なじみさんとキスできないのが、お兄ちゃんのヘタレのせいなら、もっと練習すれば、いつかはできるようになると思うし、だからこれはお兄ちゃんのためで、わたしがしたいってわけじゃないから、べつに、その……」
まくし立てられる言葉も次第に勢いを失っていった。
「練習って、キスの練習だよな……?」
「……ッ!」
再びビクリと震える。
俺が背後にまで近づいても、固まったまま動かなかった。
手を少し伸ばすだけで届く距離だ。
ささやくようにたずねる。
「いいのか?」
「………………」
わずかな間を置いて。
こくり、と。
小さく縦に動いた。
「………………。うん、お兄ちゃんとなら……」
「そうか」
震える体を見れば、マイが相当な勇気を振り絞っているのがわかった。
妹にここまで気を使わせるなんて、俺は本当にダメな兄だ。
でも、だからこそ、ここでしっかりしたところを見せないといけない。
細い肩をつかんで振り向かせる。
無抵抗なまま振り返ったマイに、俺は真剣な眼差しを向けた。
「ありがとうマイ」
「お兄ちゃん……」
「でも今日はそういう気分じゃないからいいや」
「まさかの拒否!?」
驚いた形相を浮かべた。
なんだかめちゃくちゃ怒っている。
「ていうか気分じゃないってなに!? お兄ちゃんは気分でキスするの!?」
「いや、そういう意味じゃ……。だいたい、常識的に考えて兄妹でキスするとかダメだろ」
「今さらお兄ちゃんが常識とか! 昨日はわたしに無理矢理キスしようとしてきたくせに!」
「なにいってるんだ。キスしようとしてきたのはマイの方からだろ」
「だって、あれは、お兄ちゃんが、その……」
急にトーンダウンする。
なにしろ事実だからな。
しかし、急に瞳をキッとつり上げて、猛然と反論してきた。
「だ、だいたい、最初にわたしを壁に押しつけたり、わたしのこと好きだとか嘘を言ったりしてきたのは、お兄ちゃんからでしょ……!」
それは、まあ、そうだったかもしれない。
「そもそも、お兄ちゃんはなじみさんが好きなんでしょ……? だったら、好きでもない兄妹のわたしとなら、ノーカウントだし……。ちゃんと、本当はこんなことしたらイケナイってわかってたし……。だから、別に、問題ないし……」
なんかマイの言葉の中だけですでにとんでもない矛盾が起きている気もするが……。
まあ、妹の性癖についてはいいだろう。兄としてどんな妹でも受け入れてやらないとな。
でもひとつだけ、どうしても解いておかなければならない誤解があったので、それだけはきちんと伝えることにした。
「なにいってるんだ。俺がマイを好きなのは本当だぞ」
「……ふえっ!?」
急にマイの顔が真っ赤になった。
「す、好きって……どうして……?」
「どうしてって……。妹なんだ。好きなのは当たり前だろう?」
「!!!!」
家族なんだ。
大切に思うのは当然だ。
俺にとっては当たり前のことなのだが、マイにとっては違うみたいだった。
「じゃ、じゃあ……わたしもお兄ちゃんのことを、好きになっても……いいの……?」
潤んだ視線で俺を見上げる。
熱を帯びた幼い瞳がすがるように俺を見つめていた。
その目を見れば、期待している答えなんて誰にでもわかるだろう。
だから俺は優しく答えてやった。
「もちろんだ」
「お兄ちゃん……♪」
「母さんのことも好きだしな」
「!!!!!!」
マイの体が石みたいに硬直した。
あれっ、なんだこの俺が地雷踏んだみたいな空気は。
マイが全身を怒りに震わせると、にじむ涙を弾き飛ばすような勢いで叫んだ。
「お兄ちゃんのバカ! へんたい! なじみさんに振られて死んじゃえー!!」
そう言い捨てると部屋を飛びだしていった。
ええ……。なんで怒られたの……。
というか、なじみに振られるとか怖いこと言うなよ……。
そんなことになったらお兄ちゃん本当に死んじゃうんだからな……。
あ、想像したら本当に辛くなってきた。
だめだ……。少し悲しみをいやそう……。
俺は悲しみを抱えたままベッドの上にもう一度倒れた。
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