長澤家の練習風景
動画サイトの急上昇ランキングに上がっていた「キスガマン選手権」を見たときに、アタシはひらめいた。
これだ。これしかない。
強情なコウを素直にさせるにはこれしかないだろう。
本当に男の子ってどうしてすぐ意地を張るんだろうね。
どう見たってコウがアタシを好きなのは明らかなのに。
まあそんな子供っぽいところがあるのも逆に魅力的っていうか。
だけど問題なのは、きっとコウもこの動画を見ていること。
そしてキスを迫られたら、アタシがガマンできないだろうことだ。
大好きな彼からキスを迫られて、うれしくない女の子なんていない。
だけどそれじゃ困ってしまう。
コウと結ばれるためには、なんとしてでもアタシの家へ婿養子に来てもらわないといけないんだ。
その後ならば、キスだって、もっと先のことだって、その……色々とできるはず。たぶん。詳しいことはよく知らないけど……。
とにかく、この勝負に負けるわけにはいかなかった。
でも今のままじゃきっと一秒だって耐えられない。
だったら練習するしかないよね。
「ねえダイキ、詳しいことは聞かずに黙ってアタシとキスガマン選手権の練習をしてほしいんだけど」
リビングで本を読んでいたアタシの弟が顔を上げると、ずれたメガネを直しながら答えた。
「嫌なんだけど」
「えーっ、なんでよ!?」
「なんでって、姉弟でそんなの普通は嫌でしょ」
「お姉ちゃんがこんなに困ってるのに……?」
「むしろなんでそんなことで困ってるのか……いや、やっぱ聞きたくないから説明しなくてもいいよ」
「そんなこといわないで聞いてよー! コウったらひどいんだよ!!」
それからたっぷり一時間にわたって、コウとの結婚のことや、好きであることを証明しなければいけなくなったこと、その方法としてキスガマン選手権をしようと思いついたことなどを、具体的なコウのカッコいいエピソードも交えて話して聞かせた。
これでもだいぶ短くしたほうだと思うんだけど、話し終えるころにはダイキはぐったりしていた。
「延々と姉のノロケ話を聞かされるのは、親の恋愛エピソードに匹敵するレベルでキツい……」
「早くコウが素直になればいいのに、ひどいと思うでしょ!?」
「あーうん、そうだね」
「そうなったら、コウとあんなことやこんなこともできるように……。えへへ……」
「母さんから条件を付けられてるって素直にいえばいいのに」
「……でも、そうすると家のために結婚するみたいに聞こえそうだし……。そうしたらコウに嫌われるかもしれないし……」
「コウさんはそんな人じゃないでしょ」
「わかってる! コウは優しいもん! でも、優しいからってなにをしてもいいっていうのは違うでしょ」
大切だからこそ、越えてはいけない一線がある。
親しき仲にも礼儀ありっていうしね。
それが大好きな相手なら、なおさら困らせるようなことはしたくない。
ダイキも素直に謝った。
「それはそうだね。ごめん」
「コウのことが好きだから、コウを傷つけたくないの」
「でも姉さんはコウさんのことが好きなんでしょ。好きな人にウソをつくなんてよくできるよね」
「うぐっ」
「早く事情を説明した方が傷は浅くてすむと思うんだけど」
「うぐうぐっ。そ、そうかもしれないけど、でもコウを傷つけるかもしれないし、このまま勝負に勝って丸く収まるならそのほうがいいというか……」
「僕がコウさんだったらとっくに傷ついてると思うけど」
「ううっ、理屈の上ではそうかもしれないけど、感情はそうはいかないっていうか」
「姉さんって告白する勇気はあるくせに、いつも肝心なところでヘタレだよね」
「………………うううっ、弟がお姉ちゃんのこといじめるよー!」
「はあ……。それで、キスくらいはもうしたの?」
「ま、まだだよそんなっ!」
「そうなの? てっきりそれくらいはもうしてるものだと」
「えっと、まだ手も握ったことがないっていうか……」
「………………」
「ああっ、そんな呆れた目をしないで! だってだって仕方ないでしょ! アタシから手をつないだら、まるでアタシの方が好きみたい思われちゃいそうだし!」
「実際そうなんでしょ」
「そうだけど、でも向こうから告白してもらわないと結婚できないし……」
「もうつっこむ気も起きないんだけど……」
「とにかくそういうわけだから、アタシとキスをガマンする練習をしてほしいの」
「嫌に決まってるんだけど」
「お姉ちゃんがこんなに頼んでるのに?」
「姉からそんなことを頼まれてオーケーする人なんて、よっぽど押しに弱くてチョロい人だけだと思うけど」
「アタシとコウが結婚できなくてもいいの!?」
「それはかわいそうだなとは思うけど……」
「そうでしょ。だからアタシとキスガマン選手権の練習をしてほしいの」
「どうしてそうなるのかが全然わからない。……あ、わかりたくないから説明しなくていいよ」
またはじめから説明しようとしたんだけど、その前に遮られてしまった。
まだ話してないこといっぱいあったのにな。ちょっと残念。
落ち込んでいると、やがてダイキがあきらめたようにため息をついた。
「はあ、わかったよ。練習に付き合えばいいんでしょ」
「本当!? ありがとう!」
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