ほんとうのきもち
熱っぽい瞳で見つめてくるマイに、俺は優しく声をかける。
「もちろん、練習だからな。そもそも大切なのは兄妹かどうかじゃないだろ」
「それじゃあ、なにが大切なの……?」
「自分の気持ちに決まってる」
「わたしの、きもち……」
「マイはどうしたい?」
「ふぇっ……?」
「キスしたくないのか?」
「だ、だって、わたしたち……」
「俺はしたい」
「!!!!」
小さな体がビクンと反応した。
「それが俺の気持ちだ」
マイは瞳を見開いて俺を見つめていた。
「……これは、練習、なんだよね……?」
「もちろんだ」
「本当はなじみさんが好きなのに、わたしとこんなことしても、いいの……?」
「なじみと結婚するためだからな」
当然のように答えると、マイがわずかに苦笑を浮かべた。
「やっぱりお兄ちゃんってさ、なじみさんのことになるとちょっと変になるよね」
「そうか?」
俺としては普通のことをしてるつもりなんだが。
だけどマイはそう思ってないみたいだ。
口元で小さく笑うと、どこか吹っ切れたような表情を浮かべた。
「お兄ちゃんがちょっとおかしいのは今更だからもういいけど……。だけどね……お兄ちゃんと同じ血が、わたしにも流れてるんだよ……?」
だからダメなんだと。
そう言うのかと思った。
けれど、マイの口から出てきたのは別の言葉だった。
「だからきっと、わたしもちょっとおかしいんだ」
触れる指先から熱いくらいにマイの体温が伝わってくる。
顎を持ち上げる力はわずかなものだから、ふりほどこうと思えばいつでもふりほどけるだろう。
だけど、そうはしなかった。
両腕は力なく垂れ下がり、全身を俺に任せている。
視線だけが、まるで免罪符のように横へと向けられた。
本当はしたくないのだと。
こんなことは間違っていると。
イケナイことだとわかってるんだと。
逸らされた視線がかろうじて主張している。
逆説的な思いが態度に現れていた。
「いくぞ、マイ」
「おにい、ちゃん……」
ゆっくりと、ゆっくりと、確かめるように近づいていく。
そうしてまさに触れる直前に、俺は動きを止めた。
「……? どうしたの……?」
甘えるような声が響く。
どうして止めるのかと、早くしてほしいと、震えた声が言外にせがんでいた。
だが、これは練習だ。
もちろんキスをする練習じゃない。
キスをガマンするための練習でもない。
相手からキスをさせるための練習だ。
だから、言った。
「マイはどうしてほしいんだ?」
「えっ……? ど、どうしてほしいって……?」
「兄妹でキスがしたいんだろう?」
「……ッ!!!!」
マイの体がビクリと震え、指の先まで真っ赤に染まる。
「そんな……こと、ないよ……」
気持ちは定まっていても、言葉にされれば否定するしかない。
それがマイの理性をギリギリのところで支えている最後の生命線だからだ。
だからこそ崩す必要がある。
「俺の気持ちは決まっている。でも、こういうことは強引にすることじゃないだろう。だからマイの口から聞かせてくれ。マイはどうしたいんだ?」
「どうって、わたしは……別に……」
「嫌なら嫌だといってくれ。そうしたら俺はやめる」
「えっ……?」
暗く絶望した表情が浮かぶ。
「マイの気持ちを教えてほしいんだ」
「わたし、は……」
言葉が続かないまま沈黙が続く。
長い長い沈黙の果てに、俺は小さくため息をついた。
「……そうか。わかったよ。やっぱりこんなことは……」
「ま、待って!」
離れようとした俺を小さな手がつかむ。
逸らされていた瞳がついに俺を見た。見てしまった。
免罪符だった視線が前を向き、最後の抵抗が失われる。
止めるものはもうなにもない。
「わたし、は、お兄ちゃんと……キ……キ……キス、を………………した……」
最後の一言をいう直前。
マイの膝から力が抜けて、そのまま床に崩れ落ちてしまった。
「……ふにゅう」
すっかり目を回している。
うーん、どうやら中学生にはちょっと刺激が強すぎたみたいだな。
力の抜けた体を持ち上げると、ベッドの上に寝かせてやった。
まだ声にならない声であわあわ言っているが、時間が経てば元に戻るだろう。
マイは倒れてしまったが、おかげでいい練習になった。
妹相手でもこんなに緊張するんだ。
本番ではきっとこれ以上に緊張するだろう。
それがわかっただけでも十分だ。
緊張するとわかっていれば心構えができるからな。
5秒とはいわなくとも、3秒くらいは耐えられるはず。
とはいえ、絶対に負けられない勝負だ。
どれだけ練習しても、しすぎるということはないだろう。
マイの体にタオルケットをかけてやると、俺はイメージトレーニングを重ねるべく、イスに座って集中をはじめた。
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