練習だからこそ本気でやらないと
「本当!? ありがとう!」
「それで姉さんの気が済むならね。で、僕はどうすればいいの」
「ダイキはアタシにキスしようとして。アタシはそれをガマンするから」
「嫌だよそんなの」
「ええっ、なんでっ!?」
「なんでって、その説明いる?」
「えー……。キレイなお姉ちゃんが嫌いな弟とかいるの……?」
「姉さんってコウさんのことになるとけっこう変になるよね。いや、いつもがまともって意味じゃないけど」
そうかなあ。アタシは普通だと思うんだけど。
……なんかもしかしたら今アタシものすごくバカにされた気もしたけど、それどころじゃないので気にしないことにしよう。
「じゃあしょうがないから、アタシがキスしようとするね。ダイキはそれをガマンして」
「まあ、それなら……」
「えっと、じゃあ、いくね?」
「うんいいよ」
なんだかダイキの反応があっさりしすぎな気もするけど、今は気にしないことにして、わたしはコウに迫るつもりでダイキに近寄った。
ダイキの顔が目の前に迫る。
子供の頃から見慣れた顔……それこそ生まれた時からよく知っている顔だ。
アタシもダイキも母親似だから、顔立ちはよく似ている。
ダイキの顔を正面からのぞき込むことは、鏡に自分の顔を近づけるようなものなんだけど、やっぱり自分からこんなことをするのは少し恥ずかしかった。
これが練習で良かった。
コウ相手だったらきっと恥ずかしすぎて心臓が口からでちゃうところだ。
でも、弟相手の練習でこれだけ緊張してるんだから、コウ相手の本番ではもっと緊張するだろう。
それじゃあダメだ。
練習だから失敗してもいい、なんて甘い考えじゃ成長しない。
練習だからこそ本気でやらないと。
それこそ、クールな弟をお姉ちゃん大好きに変えるくらいのつもりで。
冷静に考えたら恥ずかしいを通り越してかなりアレなことをしようとしてる気がする。
アタシ弟相手になに考えてるんだろう……。
いやいや、冷静になったらダメだ。
こういうのは勢いで押し切らないと。
「……よし」
覚悟は決まった。
逃げたくなる気持ちをなんとかこらえ、ダイキを下からのぞき込むような上目使いで見つめる。
そして、必殺の決めセリフを放った。
「ねえ、アタシのファーストキス、もらってくれる……?」
「うんいいよ」
「うんいいよ!?」
あまりにもあっさりと返されてアタシの方が驚いた。
「やっぱりさっきから反応適当だよね!?」
「だって相手は姉さんだし……」
「せっかくのロマンチックなムードなのにあり得なくない!? ちゃんとコウみたいな反応してくれないと」
「ロマンチックとか自分でいう?」
「……ううっ、それはいわないで……。アタシも頑張ったんだから……」
こんな経験なんてないから、どうしたらいいかわからなかったし……。
「というか姉さんのファーストキスなんかもらっても……」
「なんかってなによ! ダイキはアタシのこと好きじゃないの!?」
「姉さんのことは姉さんとしては好きだよ」
「なにその煮え切らない答え」
「異性として好きだったらダメでしょ」
「それじゃ練習にならないじゃないの。ちゃんとお互い意識するくらい好きでないと」
「……。姉さんはコウさんのことをどう思ってるの?」
「世界一カッコよくてステキな彼氏!」
「僕のことは?」
「弟」
「………………。さっきの言葉を録音してコウさんに聞かせれば一発で解決すると思うよ」
いきなり投げやりになって答えた。
「そんなことしたらアタシの方が好きだってバレちゃうでしょ!」
「明日の予習したいからそろそろ部屋に戻ってもいいかな」
「ちょっと待ってよ、もうちょっと練習させて~!」
「意味があるとは思えないんだけど……」
アタシが泣きつくと、ダイキはため息をつきながらも立ち止まってくれた。
「そもそも、コウさんの反応なんてわからないよ。そういうのは姉さんのほうが詳しいんじゃない」
「コウだったら、『本当かい? うれしいよ。実は俺もなじみのことが好きだったんだ。愛してる。結婚しよう。子供は二人がいいよね』っていってくれるに決まってるわ!」
「プロポーズで子供の数まで決めるのはどうなの」
「アタシも二人くらいがいいと思うんだ~」
「……もう本当に早く結婚すればいいのに……」
「アタシだってそうしたいんだよ! でもコウがうんといってくれなくて……。もしかして、アタシのこと嫌いなのかな……」
「あー、もう。泣かないでよ姉さん。コウさんが姉さんのこと嫌いとか、そんなこと絶対ないから」
「……ほんとう?」
「誰がどう見たって姉さんのこと好きだから大丈夫だよ」
「だったら、どうして結婚してくれないの……?」
「それは僕にもわからないけど……。告白は男からするものとか、そういう感じなんじゃないかな。婿養子に入るのはやっぱり抵抗あるって人も多いだろうし」
「そんな理由で……やっぱり男の子って子供だよねえ……えへへ」
「なんで姉さんがうれしそうなの」
呆れ返っていたダイキだったけど、なんだかんだで夜遅くまで練習に付き合ってくれた。
持つべきものはいい弟だね。
おかげで5秒とはいわないまでも、3秒くらいはガマンできるようになったはず。
とはいえ、これだけじゃダメだ。
これは絶対に負けられない戦い。
確実に勝てる方法を考えないと。
アタシはその日の深夜まで、コウとキスをガマンするためのイメージトレーニングに励んでいた。
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