3. 脱標的
ある日を境に、僕は避けられるようになった。
教室に露骨に目を背ける一団がいた。手にスマホを持っているのが見えたから、学校が終わってから、僕は思い当たる言葉で検索をかけた。市名と「高校生」と入れて、検索期間を狭めれば、すぐに結果は目に入った。
見覚えのある繁華街の景色。乱闘している酔客に殴りかかっている僕の姿があった。
警察は大目に見て正当防衛にしてくれていた。そんな配慮はこの動画で全て崩れるのだろう。予感は的中して、翌日以降は僕に話しかけようとする人が一人も現れなくなった。
怯えを帯びた瞳は、一様に若干の潤みを帯びている。攻めないで欲しいと訴えかけてくるつぶらな瞳だ。それらを潰したいだとか、そんな破壊衝動は湧いてこなかった。
煩わしさはあった。しかし、一々反応する気は起きなかった。怖いならそれでいい。僕に触れてこないなら、そっとしておいてくれるなら、それでいい。
教室、廊下、登下校のアスファルトの上。僕の前を誰も立ち塞がない。静謐だった。感じる視線は次第に遠のいていった。未だに睨んでくるのは留岡くらいなものだ。それにしたって、遠くから時折、というものだった。僕から留岡に用事はないので、無視を決め込んだ。
七月は順調に過ぎていく。少なくとも僕自身はそう思っていた。
「おい
留岡の声がする。窓際の廊下側の後ろの席だ。僕から距離のあるそこで、いつもの三人が一人の生徒を囲んでいた。
「朝約束しただろ。来いよ」
昼休みの教室に留岡の声はよく響く。
厳原というその男子生徒は、長髪を後ろに束ねている。校則で制限されている長さを超えているけれど、見過ごされているのは、この半月ほど不登校だったからだ。生徒指導の先生が説得して、彼を無事に出席させた。来るだけでマシだから、先生方は大目に見ている。「エコ贔屓」と留岡が野次るのを、担任の先生は期待通り無視していた。
厳原は静かな生徒だった。大人しいというよりも、常に憮然としている。話しかけるのは留岡くらいのものだ。
「校則は守らないとだろ」
津久井が鞄から取り出した鋏を留岡が手に取り、無機質な音を鳴らす。宇田が椅子を引き抜いて、厳原がよろめくのを、三人が引きつけのような笑い方で出迎えた。
舌打ちをした厳原の肩を留岡がつかんだ。遠目から見ても力が入りすぎていて、肉に食い込んでいる。厳原の苦痛に歪む顔が見えた。
「来いよ」
鋏の音と共に、四人が教室から出て行く。その途中、厳原が虚な教室中に虚な瞳を漂わせた。瞳は黒板も壁も通り過ぎて、同級生たちを渡り歩き、やがて僕にたどり着いた。
焦点は確実に僕に合っている。
僕は今まで厳原に話しかけたことはなかった。今更話しかけることもないだろう。僕のこの力を人のためには使うつもりもない。
留岡たちの元々のターゲットは僕だった。彼らが僕を怖がり始めたから、的は次へと移ってしまった。彼が僕を恨んでもしかたない。僕に責任はないといっても、その煩わしさは理解できてしまう。
「来いってば」
苛立った留岡が厳原を引っ張っていく。喧騒が遠のいていった。
見つめないようにしていたのに、傷痕のように、彼の姿が視界に焼きついて離れなかった。
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