#3 死告天使

1. 同類

 狭い部屋に蛍光灯がくすんだ白色を降らせていた。大して汚れているわけでもないのに、壁もテーブルも黒ずんで見える。視線を泳がせていたら、ドンと強い音が耳に飛び込んできた。

「お前、自分の立場がわかっているか? あと一歩で犯罪者になったんだぞ」

 向かいに座るしかめ面の男が言う。くたびれた制服を着た、白髪混じりの警官だった。年齢は、僕より二回りは上だろう。その頃の世の中と今とは、どれくらい違うのだろうか。どうしてももっと単純だったように感じる。

 今日の赤空での活動のあと、気がついたらパトカーの中にいた。心臓が跳ね上がり、無闇に涙が出てしまった。手錠はされていなかった。警察は二人組で、僕の隣にいた若い警官は仕切りに「大丈夫」と優しすぎる声で諭してくれていた。

 宵の口の繁華街で、男の酔客が暴れていた。店側と何かしらのトラブルがあったらしい。詳しいことは知らない。興奮したその人が僕の肩にぶつかって、僕は手さげ鞄で殴りかかっていたことになっている。男は大人だったが、僕の攻撃は防ぎきれず、やがて蹲って倒れた。一仕事を終えて肩で息を吸っている僕を、誰かが通報してやってきた警察官が羽交い締めにして、警察署まで連行した。

 これが、現実世界で起こった出来事だった。

 言うまでもなく、僕にその記憶はない。

 いつもどおり、街を歩いて、発生してきた化け物を叩き切っただけだ。今日の化け物には明確な殺意があった。だから僕も本気で応戦をした。殺さなければ、僕が串刺しにされるところだった。僕は僕にできることをしたのだ。

「お前は正義感に駆られただけかもしれないが、はたから見たらお前も同類だ」

 警官は釘を刺したつもりなのだろう。口元の緩み方から、僕への優越感が透けて見えている。僕は自分が正義だと思ったことはないし、同類だなんてもってのほかだ。言い返す言葉はいくらでも思いついたけれど、どれも実際に音にして発する気にはなれなかった。

「すいませんでした」

 頭を下げて、相手の溜飲の下がるときを待つ。

「ふん」

 警官は鼻を鳴らして立ち上がり、部屋の扉を開けた。暗い部屋に明かりが差して僕の目を焼いた。

 疲れていた。ため息が漏れた。呼吸はしやすくなったけれど、立ち上がる気力はあまり湧かなかった。外に出たら人に見られるから。それは何よりもしんどいことだった。

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