#2 開花
1.突風
大勢の人の目が僕は苦手だ。なるべくなら街中でも俯いて歩いていたい。そんな気持ちを小さい頃から訳もなく抱いていたけれど、苦手意識が固まったのは、中学校生活が始まるときだった。
「筧くんはお家の都合でお引っ越しをして、この学区にやって来たそうです」
僕の地元では、小学校から中学校へはほとんど全員が持ち上がりで入学をした。新しい中学校には、僕と同じように他の小学校からの入学者ももちろんいたけれど、そのような子はまるで転校生のように、年度の始まりに教卓の横に立たされて、同級生たちの視線に晒された。
「
「はい」
普通にしたかったのに、声が上ずったのが悔しかった。
黒板には大きく縦書きで「筧章汰」と書かれている。かけいという振り仮名まで振られている。
それは母の旧姓だった。小学校六年生の卒業式まで、僕は遠藤章汰だった。離婚は未だ調停中だったけれど、母と校長、担任教師との話し合いの末に、旧姓の使用が認められた。だから苗字による混乱は僕だけのものだった。
「東小から来ました、筧章汰です。よろしくお願いします」
言い終わると、先生がぎこちなく笑っていた。本当はもっと詳細に、趣味や特技の話をしてほしかったのだろう。察してはいたけれど、無視をした。今日初めて出会ったこの同級生たちに、どう思われようと構わなかった。
教室中の視線が未だに僕を刺してくる。素っ気ない僕の態度に、興味が薄れていっているのが手に取るようにわかる。
はやく終わりにしてほしかった。新しい中学校には、ドウダンツツジの穏やかな香りが蔓延していた。優しすぎるその香りが吸い慣れなくて、油断すると咳き込んでしまいそうだった。
「どうして引っ越したんですか」
窓際の奥に座っていた男子が手を上げて発声した。口の端がつりあがり、舌先が覗いていた。周りの同級生たちがそいつと僕を交互に、ニヤけながら見つめてきた。
「そういうプライベートな質問はしないことです」
先生が諫めて、笑いが起きる。「すいません」と軽々しい言葉が投げられる。全く御しきれていない。僕が答えずに先生が割り込んだ時点で、普通でないことは察せられてしまった。
異質なものに、人は目を向ける。それはきっと本能だ。危ないと思ったら押しのけてしまう。情報を仲間内で共有し、対象を囲い込む。下手なことができないように無力化を図る。小学校でも学んだことだ。僕がいくら学んでも、その風向きは変わらない。
先生は僕を守ることを早々に諦めたようだった。今までなんの関わりもなかったのだから、贅沢は言えない。
家族相手となると、僕はなおさら何も言えなくなった。離婚を果たした母が、僕と冴良を抱えて生きることにした決意の大きさは、僕も肌で感じていた。父が犯したことも、手続きの内容も深くは教えてもらえなかったけれど、口での説明は不要なほど、母からは前を向く力を感じた。後ろに引っ張るわけにはいかないと思わされる強さだった。
僕は黙って、風を受け止めた。姿の見えないそれらにいくら抗っても無駄だ。身を切り裂かれるほどの突風にも、歯を食いしばることにした。
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