Kapitel.4 思い出殺し《ゲデヒトニス・レッシェン》

 ロイは自室に戻って黒のインバネスコートを羽織った。長身が肩から脛まで覆われると同時に、ギィッと床が軋んだ。


 玄関から外に出ると、裾が翻ってシュベールトの先がきらりと夕日を跳ね返した。


 ——暗器ヴァッフェ


 彼は幼いとき、暗殺者の女に拾われた。彼女はニフィと名乗った。

 ニフィは彼にあらゆる暗殺術を教えた。ロイは物覚えが良く器用で、すぐにすべてを体得した。


 ある日彼女は保険屋のシギン・カルフォネという男に殺されてしまった。保険屋というのは、加入者が暗殺者に狙われたときに暗殺者を殺す役割を担い、その界隈では殺し屋殺しメルダーメルダーと言われていた。

 死に際の彼女から、秘匿の暗器を受け取った。“思い出殺しゲデヒトニス・レッシェン”という短剣ドルヒだった。自分の一番大切な思い出を代償に、対象者を確実に殺すまじないがかけられているらしい。


 ニフィが呼吸をしなくなって、ロイの瞳からは涙が溢れた。悲しいという感覚が、自分にも在るのだということに驚いたのと同時に、彼はニフィのことを愛していたのだと言うことを悟った。

 悲しみも含めて、この記憶だけは無くしたくないと切に思ったのだった。


 秘匿の短剣ドルヒは念のために持ち歩いてはいたが、使う気は無かった。


 ロイは、リーエが住まうイクン・スィトの別邸から丘を下り、街へと出た。情報収集のためだ。使命者に選ばれた人間は、王に申告しなければいけない。その噂はブラウの季節の突風のように一瞬で国中を回る。

 ロイが街に着いてから一日を置いて、使命者の情報は街中を駆けた。

 情報を得たロイは暗器ヴァッフェを携えて三人の使命者のもとへ向かった。

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