Kapitel.3 お喋り苺のタルト

 ロイはリーエを殺さなければいけなかった。


 彼はリーエ暗殺の依頼を、彼女の父親であるイクン・スィトから受けていた。動機は分からなかったが、イクンの世継ぎはリーエではない。彼女はイクンにとってはめかけの子だ。生まれたときから親など居なかったロイにとって、家族の事情というのは未知の領域だ。それゆえ、ただ世継ぎではないと言うことだけでも、暗殺の動機には成り得るのかと考えていた。


 依頼主がイクンであるため、ディーナーとして屋敷に入ることは容易だった。元々いるディーナーもただの二人。イクンの紹介とあれば疑う余地などあるわけが無かった。彼はリーエとの距離を縮めるために、かいがいしく世話をした。


 しかし生まれてこの方殺ししかしてこなかった彼にとって、すべては初めてのことだった。だからまったくもって気が利かない。それはリーエが食事を残したときだった。通常のディーナーなら体調の心配をするか、残さないようにと教育をするはずなのだが、彼はまったく無関心に食事を下げた。


 リーエは内心驚いていたはずだが、それを口にすれば無理矢理食べさせられるか、或いはいらぬ心配をされるため、黙っていたようだった。


 次の日もロイはまた同じことをした。さすがにリーエは心配になったのだろう、初めてロイに声を掛けた。


「ねえ、ロイ、と言ったかしら。その、怒られなかった?」


 ロイは首を傾げて深々と息を吐いた。


「なぞなぞですか?」

「あのね、ロイ。わたし、昨日ご飯を残したでしょう?」

「ええ」

「先輩のディーナーに怒られなかった? ちゃんと食べさせて来いって」


 ロイは小さく声を漏らして、視線を泳がせた。


「リーエ様の残飯は、私が処理いたしました。つい、勿体ないと思ってしまい」


 ロイは幼いときから食うや食わずの生活をしていた。それゆえ、人が残した食べ物を食べることになんの躊躇ちゅうちょも無かったのだ。これが教養のないことであることは頭では解っていたが、生存本能が理解を拒んでいた。


「まあ」


 リーエは思わず口を覆った。しかし薔薇色ローゼの瞳はきらきらと輝いていた。口うるさい大人とは違う異質を感じて、彼女の好奇心がくすぐられたのだろう。

 深々と頭を下げるロイをリーエは下から覗き込んだ。


「いいのよ。ありがとうロイ。これからはわたしと一緒に食べましょう? そうすれば、二人とも怒られないわ」


 ふふっと笑う彼女に、気まずさなどは無かった。ただ、良いことを思いついたという、名案を得意げに披露したかのようだった。

 それからは、リーエと食事を取ることが日課になった。


 昼下がりのティータイムには、お喋り苺のタルトを作って出した。


「わたし、このタルトとても好きよ。毎日でも食べたい」


 彼女がそういうので、彼は毎日のように作って出した。


「ロイはお喋り苺を食べすぎちゃいけませんって言わないから、好きよ」

「美味しいですから、たくさん食べてほしいです」

「みんな、子供は食べすぎると倒れてしまうからよくないって食べさせてくれないのよね」

「そういうことは先に言ってください。私はまったく知らずに。すみません」

「ううん。ロイは、わたしを子供扱いしないところが良いと思うの。だからこれからも——」

「少し頻度を控えます」

「言わなければ良かったわ」

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