Kapitel.2 白の月と青の瞳

 ディーナーたちに諸々の事情を伝え、部屋に戻ってくるとリーエが着替えをしていた。


「どうして今お着替えを?」

「いつ死んでも良いように、お気に入りの服を着ようと思って」


 着終わった彼女は、竜胆色エンツィアンを基調としたワンピースの裾を持ってふわりふわりと揺らした。ワンピースの襟から見えるフリル付きの白シャツが、雨上がりの夕空に浮かぶ雲のようだ。

 腰まで届く緩いウェーブの掛かった髪は銀色ズィルバァと見紛うほど淡い撫子色ネルケで、この服には特に良く映えた。


「とても可愛らしいお洋服で、私も気に入っておりますよ。しかしリーエ様、あなたは殺させません。守ります」

「ロイ。これは決まったことよ。あなたはとても頼りになるわ。けれど、特別な力を得た使命者には負けてしまうと思うの。気持ちだけで十分よ。お父様の屋敷に行って。大丈夫、あなたの仕事ぶりは手紙で伝えておくわ」


 ロイはスクウェアタイプの眼鏡のブリッジに指を当て、短く息を吐いた。切れ長の双眸の中心に在る青色は、静かに燃えているようだった。


「とにかくロイも、おうちに帰って。巻き込みたくないの」


 なにごとかを、言うか言うまいか、逡巡しゅんじゅんがあったように見えたロイだったが、飲み下すように頭を下げる。白くサラサラのナチュラルマッシュの毛先が、耳たぶを撫ぜた。


「失礼します」


 ロイが短く言って踵を返そうとすると、どこかから小さな声が漏れた。それはリーエからのものだった。


「……最後に言わせて。ロイ・ド・ナーウ。あなたとの一か月間、とても楽しかったわ。ヴァイスの月は、月が白くて兎が空に浮かんでいるようでもともと好きだったけれど、もっと好きになれた。ここまで楽しかったのは、きっとあなたの人柄のおかげよ。押し付けない優しさを、これからも忘れないでね」

「かしこまりました」


 不遜を承知で背中越しに了承の意を表したのは、彼女の声が今にも崩れてしまいそうなほどに震えていたからだった。それは死に対しての恐怖というより、ひとえに感謝の念が極まったためであると、言葉を受けたロイも確信していた。だからこそなるべく顔を見ないよう立ち去った。


 部屋から離れ、赤黒く暮れゆく情景をはめ込んだ窓を睨み、眼鏡の奥のブラウの瞳が揺れる。


「守りますよ。私の計画は完璧なのです」

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