無限の死のアリス

詩一

Kapitel.1 アリスズュステーム

「アリスに選ばれました。リーエ様」


 便箋びんせんから取り出した手紙を見ながら、ロイは俯き加減に言った。


「そう」


 落ち着き払った様子でリーエと呼ばれた少女は静かに笑んだ。薔薇色ローゼの瞳には諦観が浮かんでいたが、しかし強く反射を返す瞳の奥には覚悟のようなものが滲んでいた。


「そんな気はしていたのよ」


 およそ少女らしからぬ悟りきった言動。対してロイは、今年10になったばかりの彼女よりも動揺をしているようだった。


 ——アリスズュステーム。

 10年に一度、ブラウの月に行われる、人柱を殺す儀式。

 前月のヴァイスの月の初めに、天啓により人柱が選ばれる。人柱はアリスと呼ばれ、国中の穢れが集まる。穢れの最たるものは、死である。無限の死が与えられたアリスは、死ななくなる。不死なるアリスを殺すために、三人の人間が選ばれる。その選定が行なわれるのがブラウの月。選出された人間は使命者と呼ばれ、アリスを殺すための特殊な能力が与えられる。彼らはアリスズュステーム中の一か月――つまり90日もの間、アリスを殺すことだけにすべてを費やす。

 穢れを集めたアリスを殺すことで、スィギリン王国の向こう十年の災厄が取り払われる。そのため、使命者のアリス殺しはとても誉高いことだった。

 アリスが死なずに済むためには、三人の使命者を倒さなければいけない。しかし、穢れを集めただけの少女に、抗う術はない。

 つまり、ただ殺されるのを待つだけの儀式なのだ。


「それではロイ。わたしがアリスに選ばれたと使用人ディーナーに伝えて。そしてお休みと今月分のお給料と……いえ、それらはお父様にお願いしてみるわ」


 ロイは努めて冷静に黙礼をして、扉の向こうへ出た。扉を閉めるとほぼ同時に、彼は節くれだった指を曲げ、手紙をクシャリと握り潰していた。


「どうして……」


 たまらず漏れた言葉には、絶望と苛立ちが混在していた。

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