第134話 目には目を歯には歯を。弱みには弱みを。
栗山さんによるもふもふ総攻撃はかれこれ十五分くらい続いた。頭なでなで、こちょこちょ、体のいたるところのマッサージもどき。
……素面でこれだからなあ。酔った栗山さんの目の前に綾を放り込んだらどうなるんだろう。飢えたライオンの前にウサギを放つに等しい行為な気もするけど。
「く、栗山さん……今度から何かをもふりたくなったときはぬいぐるみを渡すのでそれをもふってください」
散々いい子いい子された(……言いかた)僕は魂が抜け落ちたようにひょろひょろな声で言いつつ、机の下にしまっていた栗山じゃらしのぬいぐるみを指さした。
「あっ、あのぬいぐるみあそこにあったんだー。あのうさぎのぬいぐるみ柔らかくて抱き心地いいんだよねーえへへ」
緩みきった頬にしまりのない声。栗山さんはベッドから起き上がるとトテトテと歩いてそのぬいぐるみを抱きかかえた。
「やっぱり腕のなかにすっぽり収まる感じがちょうどいいー」
「あれ……ゲームセンターで取るようなのですよね? よっくん、クレーンゲーム得意でしたっけ?」
「……違う、ガチゲーマーの友達を雇って取ってもらった」
「うわあ……」
「綾も会ってるよ。この間の飲み会で一緒にいた古瀬さんの彼氏。あいつ」
「……やっぱりよっくんの周りって変な人多いですね」
その周りに綾も含まれているのではないか、と言いかけたけどギリギリで踏みとどまった。比較的綾はまともなほうだと思うし、それを言うと怒られそうだ。
「というか、それがあるなら私の被害少しは小さくできたんじゃないですか?」
「……ごめん」
「素直に謝りましたね」
「……とりあえず、綾も今後栗山じゃらしを活用して身を守ってください」
「栗山じゃらしって、猫みたいですね」
幸せそうに白いぬいぐるみを抱きしめたり頬ずりしているあたり、ほんとに単純だ。
「まあ……栗山さんが幸せそうならそれでいいかなとも思うけど……」
とまあ、かれこれぬいぐるみをもふもふしている栗山さんをふたりで眺めていた。
綾と話したことで完全に通常運転に戻った栗山さんは、それからも僕や綾を持ち前の無自覚さでイラつかせてくれた。
うん、まあわかってはいたけど、イラっとくるよね。
綾も交えて晩ご飯を食べて、いつもの習慣のように栗山さんは泊まる準備をし始める。お互い順番にお風呂に入って、夜の時間をゆっくり過ごしている。
「……色々大変かと思いますけど、頑張ってください、よっくん」
少し作り気味の笑みを浮かべて、幼馴染は九時くらいには自宅へと帰っていった。
「さて……」
そして、僕は部屋に残って栗山じゃらしを抱きしめながらテレビを見ている栗山さんに視線を向ける。
「まあ……これでいいのか」
「はれ? 上川くん、テレビ見ないのー?」
ベッドの側面を背もたれに、右手にオレンジジュースが注がれたコップを持って、栗山さんは僕を手招きする。
ここ僕の家なんですけどね……。
「見ますよ、見ます」
少し離れた位置に座って、僕もちょうど放送されている映画を一緒に見る。
「……何しているんですか?」
「へ? せっかくだし、もっとくっついて見ようよー」
体ひとつくらい作っていた距離はニコニコ顔の栗山さんによって既に埋められていて、僕の左半身には人肌程度の温かさがほのかに感じられる。
「……ま、まあいいですけど」
「くふふ。上川くんも少し素直になってきたね」
「……深川先輩に今日の服の写真送っちゃいますよ」
「か、上川くん写真撮ったの?」
「綾が撮ったみたいで、さっき僕のところに送られてきました」
「い、今すぐ消してよー」
……やっぱりあのファッションは恥ずかしかったんだ。栗山さんは僕の手元にあるスマホを取ろうと体を僕のほうに乗り出す。
「じゃあ、写真消すんで、栗山さんも僕の『お友達』に関する記憶を消してください」
それを予想していた僕はひょいとスマホを取り上げて、交換条件を持ちかけた。
「そ、そんなあ」
とりあえず、これでもう不必要に栗山さんのテロに屈する必要はなくなるはず──
「……上川くんが見たいって言えば、また着ても……いいんだよ?」
なんだけど……。
どこまで行っても、僕は栗山さんに敵わない。
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