第130話 ふぁぼりつでは表しきれない尊さをどこで表現すればいいのか。いつも悩む。

「そんな、嘘とかじゃない……けど……」

「けど?」

 両手を体の前でこねこねし始め、歯切れの悪いふうに栗山さんは言う。

「……だ、だって……そんなこと言われるの……初めてだもん……」

 吐血させる気か。いいねとリツイートだけじゃ足りないぞどうしてくれる。

 とまあ、突っ込みはほどほどにして。実際、栗山さんのあの性格じゃ、なんか友達止まりな気はする。そもそも男友達がいるのかって話だけど。

 どう頑張ってもゆるキャラとかマスコットとか、みんなの癒し系とか。

 遠目から見ている分にはのほほんとしていられるけど、近くに来るとそののほほんが凶器になるから、近しい関係に収まれる人なんて数えるほどだろう。

「……それで、答えはどうなんですか?」

「ふぇ……?」

「だから、はいなんですか、いいえなんですか? ……いい加減、僕と栗山さんの関係もはっきりさせましょうよ。異常ですよ? ただの先輩後輩が週の半分以上寝泊まりしているなんて」

「う、うう……」

「でも……まあ、それが付き合っているふたりなら、半同棲みたいな感じになって、なくはないかなーって」

「か、かみかわくんがいじめるよ……」

 頭の処理が追いつかなくなったのか、駆け足で僕の側から離れようとする。が、

「……だーかーら。イエスかノーかはっきりしてもらえますか? 保留なら別に保留でもいいですけど、ついさっきあんなこと言っておいて保留されるのもモヤるというか」

 遠くなる彼女の細い肩を掴んで、多少強引にこちらを振り向かせる。

 そのままトントンと跳ねるように場所を変えて、壁際に追い込む。あ、壁ドンになった。

「……これまで散々いいように遊ばれたお返しです。この場できちんと返事聞けるまで離しませんから」

 これくらいはいいよね。っていうかこれくらいやらないとうやむやにされそうだぞ。

「……い、いいの? これからもいっぱい迷惑かけるよ……?」

「もう僕にしか迷惑かけないって決めたんじゃないですか?」

「ど、どうしてそれを」

「寝言です。散々至近距離で呟かれるんで眠れませんでした」

「ご、ごめん……」

「別にいいですよ。もうわかりきっていることなんで。栗山さんといると普通に生活しているときよりも五倍十倍トラブルがあると思いますけど、もういいです。諦めました」

「ご、五倍十倍は言い過ぎだよー、そんなにわたし上川くんのこと困らせた覚えないって」

 やはり無自覚。知ってた。

「じゃあもう栗山さんが想像している分でもいいです、それこみこみで付き合ってください」

「う、うう……」

 ひとまわり僕より小さい体をさらに小さくさせ、栗山さんはボソッと何やら呟いた。

「……ぃぃょ」

「今何か言いました?」

「……い、いいよ」

 はぁ……。ようやく、ようやくだよ。やっとこのわけのわからない関係にピリオドを打てる。

「……それじゃ、今日から僕と栗山さんは、恋人ってことで。いいですね?」

「……う、うん……」

「僕はとりあえずトイレに行きます。はい」

 腕のなかに閉じ込めていた栗山さんを解放した後、部屋のトイレに入った僕。ドアに鍵をかけて便座に座った瞬間。

 うわあああなんだ僕、何してんの僕。めっちゃ恥ずかしかったんですけど、これそのうち黒歴史になってまたいじられるパターンだよもう少しスマートに決めろよ。

 ああ思い出すだけで恥ずかしい……綾には絶対に知られないようにしよう……。

 結局、何はどうあっても僕はこうなるんだね。


 その後、チェックアウトしてから近くの観光スポットの願掛け手湯に向かったときも、帰りのバスに揺られて札幌市街に戻ったときも、いつも無邪気に緩い笑み、声を浮かべる栗山さんは妙にカチコチに固まって、何を話しかけてもほぼ片言で返す始末。

 ……これ、どうしたらもとに戻るんだろう。


 結局、新千歳空港に到着しても、栗山さんの態度は硬いまま、僕らは帰路についた。

 当然かもしれないけど、襲ってきた眠気に負け飛行機のなかで僕は爆睡したから、そのときの栗山さんの様子は知らない。

 羽田空港から浜松町駅。京浜東北線に乗り換える栗山さんと、山手線に乗り換える僕。

 別れ際交わした「バイバイ」さえも、どこか張りつめていて。

 ……何かまずったのか? 僕は。

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