第128話 だから眠いときに美味しいものは食べないほうがいいと思う。
おはようございます。結局、一睡もすることができないまま、朝を迎えてしまいました。小鳥のさえずる声が、やけに綺麗に聞こえますね。なんて清々しい朝なんだ。
背中にはひっつき虫のように栗山さんがスヤスヤとお眠りになられている。枕元に置いたスマホで時間を確認すると、朝の七時。チェックアウトは十時だし、朝食の時間も考えたらそろそろ起きたほうがいい。
色んな意味で重たい体を起こすと、ギリギリまで背中にくっついていた栗山さんが寝たまま布団に落下した。
「いてっ」
少しばかり鈍い音とともに、そんな悲鳴がする。
「んんー、はれ? もう朝なの?」
ええ、朝ですとも。あなたはかれこれきっちり九時間くらい寝ていましたけどね。さぞ快眠だったことでしょう。羨ましい。
浴衣の袖で目もとをこすりつつ、大きく伸びをする栗山さん。……だから目線を気にしろって。
「でもよく眠れたなあ、やっぱり布団がいいと眠りの質もよくなるのかなあ。あれ、上川くんクマができているけど、どうかしたの?」
……誰のせいだと思っているんだ。って思い切り言ってやりたいけど、それを言うとまた栗山さんが「もうー、上川くんったらー」とか色々からかう未来が見えるから言わない。
「……きっと寝床が違うと眠れなくなる体質なんですよ、僕」
嘘だけど。断じて嘘だけど。
「へー、そうなんだねー」
「先に着替えちゃうんで、ちょっと待ってください」
僕はスーツケースから着替えを取り出して、畳の部屋から洗面所へと移動する。
お風呂上がりに寝るときに、暑苦しくならないように着るはずの浴衣が、結局その役目を果たさなかったのがある意味滑稽というか。
水色のポロシャツとズボンに履き替えて、顔だけ洗ってしまう。気持ち悪い睡魔だけ取り払って、
「……じゃあ僕ちょっと外ぶらぶらしているのでその間に着替えちゃってください」
部屋から共同廊下に出た僕は、同じフロアを特に意味なくうろついて、栗山さんが着替え終わるのを待っていた。
やがてピロンと通知がして「終わったよー」とラインが送られている。それと同時に体ひとつで栗山さんが部屋を出る姿が僕の目に入る。
「あ、上川くんいたー」
「朝ごはん行きますか」
「うんっ」
とてとてと僕の側にやって来て、いつものように音程とかテンポの外れた鼻歌を歌いながら、僕らはエレベーターに乗った。
眠いときに食べる朝ご飯は印象に残らない。これ僕の経験談。どれだけ美味しかろうがまずかろうが、めちゃくちゃ眠いときは関係ない。少なからず僕は。
……顔を洗った程度で眠気が完全に飛ぶはずもなく、五秒に一回視界が暗くなるからもうたまったものじゃない。
今日帰るとはいえ、半日は観光できるのに、これじゃあそのままの意味で行き倒れるよ……。
なんか、何か目が覚めるようなことがあれば……。
「?」
小さな口でパンをかじっている栗山さんは、小首を傾げて一体なんのことだろうと頭上にクエスチョンマークを立てていた。
部屋に戻って、チェックアウトの準備をする。荷物をまとめて、忘れ物がないか確認して。大丈夫なことを把握してから、僕は歯を磨き始める。すると、そのタイミングで、
「あ、ねえねえ上川くん」
僕の背中からにゅっと栗山さんは顔を覗きこませてきた。洗面所の鏡越しに見えたその様子に一瞬驚く。
「……な、なんですか」
歯ブラシを口に咥えながら、僕は尋ね返す。
「昨日、すごくいい夢見たんだー」
「……由芽さんだけに?」
すると、背中の栗山さんはらしくなくポッと顔を赤くしてしまう。
「は、初めて名前で呼んでくれたね……上川くん」
「……あ」
「で、でね? その夢がね、上川くんと結婚式挙げる夢だったんだー」
「ぶっ!」
口に含んでいた歯磨き粉を豪快に吹いてしまう。……きたねえ。
僕は渋い表情を浮かべつつ、一度口をゆすいでからもう一度歯を磨く。栗山さんの話は、まだ続くようだ。
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