第127話 例えば、こんな現実がまず先にあったとするならば。夢から覚める、その瞬間は。

 気を紛らわすために、テレビをひとりで眺めていたり、持ってきた漫画を読みながら星空を見たり、とにかく今は意識を栗山さんから逸らそうとした。

 そんなことをして悶々としているうちに時計の針は頂点を過ぎ、僕も眠ることに。

 電気を消して、ぴっちりとくっついた布団に僕も入る。もちろん、隣で寝ている栗山さんに背中を向けて、だ。

 時折大きくなる寝息、布団と体が擦れる音、寝返りの音、香ってくるシャンプーの匂いが合わさって、なかなか寝付くことができない。

 ……それに、なんか時間が経てば経つほど寝息の音が鮮明に聞こえるというか……。

 一度だけ、首を回して栗山さんのほうを見る。

「──っっ」

 ……寝返りって……僕のいるほうに来ていたんですね……。

 もう目と鼻の先と言って差し支えない距離に、彼女の幸せそうな寝顔があった。無意識のうちにだろう、伸びている両手はいつの間にか僕のお腹に回っているし。 

 ほ、本当にこの人は……僕の気も知らないで……!

 これじゃあますます寝られないよ……。もう一緒の部屋で寝ること自体は慣れているけど、同じ布団で寝ることは全然慣れていない。無理だ。寝られるはずがない。

 枕に顔を押しつけて、視界の全部をブラックアウトさせる。何も見ちゃいけない。僕は何も見ていない。

 だと言うのに、僕の努力をあざ笑うように、またしばらくすると。

 僕の匂いか何かに釣られているんですかね、完全に僕の布団に潜ってますよ。それとも起きているのか。寝息はしているんだよな……。

 背中に感じる柔らかさと生温かさ。お風呂上がりよりかは熱を持っていなくて、でも確実に僕の体温よりは高くて。

「えへへ……上川くんの匂い……」

 ふとそんなゆるゆるボイスが背中越しに聞こえる。反射で振り向いてみるけど、変わらず規則正しく胸を上下させている。

「……寝言、か……」

「えへへ……もう迷惑は……目の前にいる人にしかかけないって……決めたんだ……」

 もう充分かけられてますって。現在進行形で。

「……むぅ……」

 今度は何にむくれているんですか、むくれたいのは僕のほうですよ。僕の安眠をかれこれ一年近く奪っておいて。さっきも言ったけど慣れはしましたけど未だにそわそわはしているんですからね。朝起きて床に敷いてある布団に栗山さんがいる生活も日常になりましたけど、普通お泊まりってイベントですからね。

 そんな、距離感バグっているような現実の女性に出会うなんて思ってなかったですよ。某ロールプレイングゲームでレポートが書けなくなったときくらいには戸惑う不具合ですよ。

「……わたしだって……緊張……しているんだよ……」

 それはこっちの台詞だよおお! 栗山ああ! 寝言にまで突っ込みを入れさせないで……。余計眠れなくなる……。

 なんならこっちは緊張に加え嫌な意味で興奮しているんだからなどうしてくれるんですか。この行き場のない熱はどこへやればいいんですか。鎮めろと? 毎回毎回鎮めている身にもなってくださいって……。

 特に栗山さんのことをちゃんとひとりの女性として見るようになって好きになった春頃からこっちは生殺しなんです、別に今日に限らずあなたは毎日据え膳です。

 そこんところわかってやっているんですか……?

 ……そこらへんの緩さこみこみで僕は栗山さんの魅力だって思っていますけど、天才とバカは紙一重っていうように、いいところとわるいところも紙一重だと思うんですね。はい。つまり今。

 さらにとどめと言わんばかりに栗山さんは僕の右手をぎゅっと握って、体を引き寄せようとする。

 寝てるんだよね? 本当に寝てるんだよね?

 あまりにも怖くなったので再度振り向くも、やはり栗山さんは眠ったまま。

「……ほんと、好きになると苦労する相手ですよ……」

 もう昨日の話だけど、テレビ塔で言われた深川先輩の言葉を反芻する。

 ここまでマイペースで、自由気ままで、いちいち行動にイラっとさせられて。

 ……だと言うのに、だと言うのに。

 なんかこう、裏には他人に見せない芯があったり、意外なところで繊細だったり。

 猫なのか犬なのかよくわからないところもあるし、もふもふが好きだったり。

 お酒に弱いくせにやたらと僕の前では飲もうとするし、迷惑を通り越してもはや厄介なのではとか思うこともあったりなかったりもするけど。

 ……それでも、さ。

 一緒にいて、ここまで楽しいって思える人、なかなかいないと思うんだよね……。

「んふふ……えへへ……」

 ……と、センチなモノローグはさて置いて。……ほんとどうしよう今の状況。目が冴えて眠れない……。助けて……眠いのに。寝たいのに……ああ……。

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