第126話 たかが間接キス、されど間接キス。初心な彼には酷な判断。
「──それで、あまりにものんびりしていたらのぼせたと」
「えへへ……」
僕の肩に熱くなっている体を預ける栗山さんは、気の抜けていながらも力ない笑い声を呟く。
「まあ、栗山さんらしいと言えばらしいですけど」
今日ばかりは我慢して欲しかったよ。それにさ、それにだよ。赤の他人から見れば今の僕と栗山さんの体勢ってまあ色々思うところがあるわけでして。通りかかる人という人のほとんどが微笑ましいものを見るような目で僕らの前を通過していくんだ。これなんの拷問ですか?
……栗山さんが落ち着くまで動きにくいっていうのはあるけど。
「とりあえず、何か飲みます? そこの自販機で買ってきますけど」
「うーん……でも今の体の位置が楽だから動かしたくないし。……あ、上川くんが持っているスポーツドリンクがいいなー?」
栗山さんは火照った顔をこちらに向け、若干口元を緩める。……はだけ気味の浴衣の隙間から覗く肌色に気づき、慌てて視線を件のペットボトルに移す。
どう反応するのが正解なんだこれ。大人しく渡すのが大人の対応なんだろうけど、間接キスなんだよ致命傷じゃ済まない自信がある。
今までおんぶに抱きつきに添い寝に看病とか色々やらされてきたけども、それ以上のことは何もしていない。古い言いかたをするなら、Aまで行っていない。
たかが間接キスくらいで騒ぐんじゃねえよ小学生とか思うかもしれないけど、今まで自分の恋愛沙汰には縁がなかった僕にとっては一大事なんだよオタクを拗らせた童貞舐めないでくれ。……何言っているの僕?
「……何言っているんですか? 栗山さん」
オーケー、誰がリピートしろと言った? 一旦落ち着け、手元にある飲み物を飲んで思考を冷却しようか。
「えー、一口でいいからー」
すると、キャップを開けた僕にさらに体を密着させて栗山さんが駄々をこね始める。言うまでもなく色々当たっている。お風呂上がりでのぼせていて表情も少し苦しげだからよりなんか……煽情的。
……オーケー、色々冷却するために、大人しく渡そう。これ以上はいけない。
「わ、わかりました、わかりましたから少し離れてください、で、飲んだら部屋戻ってちゃんと横になりましょう」
そしてそろそろ僕の恥ずかしさもマックスになってきた。多くの人が通過する脱衣所の入口前にいるよりはきちんと部屋に戻って寝かせたほうがいい。これは……色々しんどい。
「……わーい、ありがとね、上川くん」
そのままスポーツドリンクを受け取った栗山さんは一口どころか二口三口くらい飲んでしまう。
「……もう、それあげるんで全部飲んでいいですよ」
「……いいの?」
返されてまた僕が飲むのも恥ずかしい。
「いいです。あげます、じゃあ部屋戻りましょう。歩けます?」
ひとまずペットボトルを受け取りベンチから立ち上がり、栗山さんに片手を差し出す。
「……うーん、まだ苦しいかな」
あーもう仕方ない、背に腹は代えられない。僕はくるっと栗山さんの前に背中を向けて、
「……わかりました、じゃあもうおぶって部屋まで運ぶんで背中乗ってください」
「へ? い、いいの?」
「その代わりペットボトルは持ってくださいね」
今日の出発のときに建てたフラグ綺麗に回収しているな……今。仕方ないんだけどさ。
前のホラー映画のときよりさして変わらない軽さの栗山さんを背中に乗せて、部屋へと戻り始めた。途中、すれ違う人にはさっき以上の生温かい目線を送られたけど、きっとこれは本当に兄妹を見るようなものだったと思う。僕は年下なんだけどね。
フロントに行って預けていた鍵を貰うときもそんな目で見られたし、……もう僕、ここのホテルに泊まれないかも……。恥ずかしくて。
なんとか部屋までたどり着く。僕らが出ている間に布団がきっちりと隙間なく隣合わせに敷かれている。そこにひとつ思うところはあるけど突っ込むのを我慢して、サラサラで寝心地が良さそうな布団に栗山さんを寝かせる。
「布団柔らかくて気持ちいいー……すぐ寝ちゃいそうだよ……えへへ……」
……寝られたら本格的に今日の決意が……ってなるんだけど、弱っているときに言うのもなんかセコい気がするしな……。
隣の布団の上に座りながら、見下ろす栗山さんの横向きの顔。とろけていた瞳は次第に言葉通り閉じられていき、五分も経たないうちに、心地よさそうな寝息をたて始めた。
……のぼせたの、寝不足も絡んだんじゃ? はしゃぐだけはしゃいで、すぐ寝るって。
首筋を伝う残ってしまった水滴が、垂れて胸元のほうへと。思わず追いかけてしまった先に、見てはいけないものが目に入ってしまい、僕は首を思い切り振って栗山さんに背中を向けた。おぶったときから思ってたけど、やっぱりつけてない……。そんな余裕なかったのかな……。……ほんとに今は駄目だから、だから落ち着け……落ち着いてくれ……。
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