第125話 まあ、無自覚テロリスト栗山さんだから、そうは簡単には行ってくれません。

 結論を先に言おうと思う。……北海道のご飯美味しくない? なんであんな美味しいの?

 ビュッフェ形式のレストランで、二人掛けのテーブルに向かい合わせで食べた夕食。まずはじめに白ごはんを一口含んだ瞬間。

「……んん、甘っ」

「甘いねー」

 全く同じような感想が漏れた。さらにさらに、広いスペースを使って置いていたお寿司もひょいと食べると。

「……東京の寿司って何なんですかね……って思いたくなる美味しさですね」

「こんな美味しいお寿司初めて食べたよ、わたし」

 ……たまーに北海道出身の奴が「東京の回転寿司は寿司じゃねえ」とか言っているのを聞いたりするけど、なんとなく気持ちはわかる気がした。……こんな寿司を食べているなら、そうなるよ。

 それ以外にも北海道産が色々詰まった(らしい)料理をちびちび食べ進め、大満足のうちに夕食を済ませた。ちなみに、栗山さんはグラスにビールを当たり前のように注いできたので、それを奪い取っては僕が丁重に消化した。


 部屋に一旦戻って、温泉に向かうことに。

「うー、久しぶりにお腹いっぱい食べちゃったよー。美味しかったねー」

 お腹をさすりながら隣を歩く栗山さん。小脇には着替えや備え付けの浴衣をしまった手提げ袋を抱えている。

「じゃあ、とりあえず一時間後にまたここに集合ってことで。それじゃあ、ごゆっくり」

 そう言い、男湯と女湯に別れた僕と栗山さん。

 筋肉質のいい体をした男もいれば、普段いいもの食べているんだろうなあと思うお腹を抱えた男もいる。どれも変わらないのは大抵半裸だということ。

 まあ、野郎の裸なんぞ見たって全然嬉しくないので無心を保ったまま服を脱いで浴場へ。

 体や頭を洗ったのち、今回の旅行のメインと言っても過言ではない温泉に入る。

「……はわ……」

 やべ、気持ち良すぎて変な声が出た。一応誰にも聞かれていないか周りを見渡すけど、そもそも湯気で顔の判別がつかないし、見られたところで多分二度と会わないから気にする必要もないかと首までお湯に浸かって温泉を満喫する。

 それにしても。

 ……まさか栗山さんとここまでする関係になるとは……。まだ、ただの先輩後輩だけど。

 ──このロケーションで付き合えなかったらよっくんに彼女は一生できないです、私が保証しますっ

 旅行前、綾に言われたこの言葉がふと頭のなかに過る。

 ……めっちゃ雰囲気はいいんですよ。ここってどうやら星も見られるみたいで、さっきの部屋からもきっと見上げれば夜空に浮かぶ星の数々を視界に収めることができるはず。ご飯も美味しかったし、温泉も堪能しているし。

 これで何もなかったらもう二度と進展なんてしないんじゃないかって……思いますねこれ……。

 ……今日の、夜、これからかなあ……。

 僕はさらに体を沈めて、頬までお湯に沈める。

 いい加減、いい加減にもういいと思うんだ。

 ……深川先輩の言う通り、栗山さんといるとなんだかんだで楽しいんだ。色々イラっとさせられることもあるけど。もう、その楽しさにはまってしまった僕は、言ってみれば栗山病みたいなところがあるわけで。

 うん、決めた。そうしよう。今日の夜だ。これからだ。

 そんな決意を引き下げて、僕はひとまずたくさんある温泉を一通り回ることにした。


「ふぅ……いいお湯だった……」

 きっちり約束の一時間後。僕は大浴場の入り口前に設置されているベンチに腰掛け、近くの自販機で買ったスポーツドリンクを飲んで栗山さんのことを待っていた。

 ……めっちゃドキドキしつつだけど。

 今か今かと栗山さんのことを待つけど、なかなか出てこない。

 おかしいな……時間忘れて温泉を満喫しているのかな……? だったら一時間と言わずに一時間半とかにすればよかったかな……。

 なんて思っていると。

「か、上川くーん……ごめんね、お待たせー」

「くっ、栗山さん……?」

 顔が熱湯で茹でたように真っ赤になって、しかもなんか浴衣の着付けも怪しく足取りがおぼつかない栗山さんが、赤色の暖簾をくぐって出てきた。

「ど、どうしたんですか」

「えへへ……長湯しちゃってのぼせちゃったよ……」

 倒れ込むように隣に座っては、僕の体にしなだれかかってくる。うわ……体熱っつ。

 ……ええ、これ、また僕の決意がなあなあになっちゃうパターンなんじゃ……とほほ。

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