第124話 畳の上でごろんとして、毛布とかタオルケットとかあるともう寝ちゃう。これ真理。
「畳だー、ようやくゆっくりできるねー」
部屋に入るなり、スーツケースを適当な場所に置いた栗山さんはすぐに六畳の和室の上、ごろんと横になる。そこ、そんなに足を動かさない、あなた今日着ているのワンピースでしょう。……角度によっては見えそうになるからやめて欲しい……。
と、視線を逸らしつつ、ホテルの和室部屋によくある畳の奥にある椅子とテーブルのところにスーツケースを置く。栗山さんのもあわせて移動。畳の上にキャスター付きの、それなりに重たいもの置くとなんか痛みそうで嫌だ……。
「それで、どうします? これから。晩ご飯はもう食べられる時間みたいですけど。ゆっくりご飯食べたいなら先にご飯でその後温泉、がいいとは思います」
聞いた話だと晩ご飯は六時から九時まで。温泉は夜遅くまで空いているから、のんびりしたいならご飯が先だと思うけど。
「へへー、畳の匂いって心地よいねー」
「……聞いてます? 栗山さん」
「聞いてるよー、上川くん。そうだね、ご飯が先かなー」
……だから足をパタパタさせるな。あなた今の状況理解しているんですか? 言っちゃなんだけど栗山さん据え膳ですからね。ええ。一般的な男が相手だったらもうゴールは目前とかそんなですからね。……この言いかたは僕が一般的じゃないみたいでブーメランだ。
「もう行きます? 少し休んでからにします?」
「うーん、ちょっとゴロゴロしてからにしよう? 三十分後とか」
「三十分後ですね、わかりました」
僕は椅子に腰かけ、窓から見える山々を眺めつつボーっとして、栗山さんは畳の上で我が家のようにくつろいではスマホをいじっている。
……あれ? これいつも僕の家で過ごしている時間とさして変わらなくない? なんで札幌まで来て同じことやっているの?
……そういえば、ここのホテル、プールもあるって話だったなあ……。さすがにそんな時間はないし……そもそも何も持ってきてないし。
「プール行きたかったの? 上川くん」
「はへ?」
え? 声出てた?
「さすがに今回は無理だけど、東京戻ったらプールも行っちゃう?」
「……何言っているんですか? 栗山さん」
「えへへ、まさかそんなにわたしの水着見たかった? もう、やっぱり上川くんも男の子だなー」
……人の「お友達」の内容押さえておいてよく言うよ。
「べ、別に見たいとかそういうわけじゃないですし、そもそも栗山さん遊んでばっかで大丈夫なんですか? 卒論」
「うん、大丈夫だよー、やらなきゃいけないことは半分くらい終わってるからー」
こ、この人あれか、見た目に反して夏休みの課題とかさっさと終わらせるタイプの人間だ、きっと。ほとんど僕の家にいるのにいつ卒論やっているんだ……?
「だから、プールも行けちゃうよ? 上川くん。見たいならプール行ってもいいんだよー?」
畳に頬をつけたまま、ニヤニヤしだす栗山さん。なんだろう、横になっている状態で見ると少しイラっとくる。
「……もう三十分経ったんでご飯行きましょう? 僕もうお腹空いたんで」
「あっ、ごまかしたって無駄だからね、素直に言わないと、お酒飲んじゃうぞー?」
「絶対に飲ませないので安心してください。っていうか飲んだら温泉入れなくなりますよ、いいんですか? 栗山さん」
「あっ……」
よし、とりあえずプールの話は回避できそうだ。
ただでさえ普通じゃない状態なのに、会話のネタさえも冷や汗をかかされたらたまったものじゃない。
「行きますよ? 準備してください」
三和土の上、靴のかかとを地面に叩いて振り向きざまに栗山さんに言う。
「あ、待ってよー上川くん」
急いで立ち上がって、とてとてとこちらに駆けてくる。
僕のもとにやって来ては、ぎゅっと服の裾を掴む。
「えへへ、捕まえたー」
……爆発するなら今かもしれない。
「別に捕まえなくても逃げませんって。……恥ずかしいんで手離してください。それともあれですか? 兄と妹として見られるのをご所望ですか?」
緊張の上に緊張が上書きされて、もう心臓が口から出そうになるのを必死にこらえる。
「むう、そこは姉と弟なんじゃないかなー。わたしのほうがお姉さんだよ?」
「どっちでもいいですよ、もう」
姉でも妹でも嫌ですけど、ほんとは。
なんだこれ、僕ツンデレかよ、男のツンデレは需要ないって知らないのか?
隣に頬を膨らませた栗山さんを連れ、僕は晩ご飯のレストランがあるフロアへと向かい始めた。
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