第123話 僕が網棚というものを知ったのは東京でです(嘘のようなホントの話)。

「じゃあ、私はこれから用事だから、ここでね。ここから南北線の真駒内まこまない行に乗って終点まで行けば、温泉まで向かうバスがあるから。楽しんでね、ふたりとも」

 展望台を出た後、テレビ塔一階にある北海道では有名なアイスクリームを買って大通公園をぶらぶらと歩き、時間になった。

 札幌駅まで送ってもらい、僕らふたりと深川先輩は別れる。

 地下鉄の改札前、顔の高さで小さく手を振る先輩は、どこか嬉しそうで、どこか寂しそうな、そんな表情をしていた。


 白のボディカラーに緑色のドアが並ぶ電車に乗り込む。平日の昼間ということもあるからか、車内はかなり閑散としている。

 ……東京でも座席は埋まっていることが多いんだけどな……。

 空いている座席に並んで座ると、

「見て見て上川くん、あれ」

 何かを見つけた栗山さんは、指をさして何か僕に伝えようとする。

「……札幌の地下鉄には網棚がありません、ご注意ください」

 普通網棚があるところから荷物が落ちて、人の頭にぶつかるイラスト付き広告が目に入る。

「へー、そうなんだ」

 流れるように僕と栗山さんは揃って上を見る。

「ほんとだ、ないね網棚」

「通勤ラッシュとか大丈夫なんですかね」

 大丈夫だから、ないんだろうけど……。東京のあの地獄の満員電車を知っている身からするとにわかには信じがたい。

 というか、さっきから全然人乗ってこないし降りもしない。……あれ? 札幌ってそんな人いないの? それに地下鉄って言っているのにいつの間にか地上に出て高架走っているし。それ自体は珍しくもないからまあいいんだけど。

「……上川くん。あれ」

 またまた栗山さんに袖をくいくいと引かれ、僕は視線を移す。

「……今、目が合いましたね」

 って。え? 何その広告、なんか笑えるんですけど……。

「なんか、色々と面白いね」

 といったふうに過ごしていると、電車は終点、真駒内駅に到着。最後までいた乗客は同じ車両では数人ほどしかいなくて、さっきまでの大通公園などでの人混みは何だったんだろうと思ったりしている。

 ガランとした駅を歩いて、定山渓に向かうバスの停留所へ。が、色々バス会社があるようで、そのぶん停留所の数も多くなっている。正しい停留所を探すのに時間を使ってしまった。

「えっと……次のバスは五時ちょうど……っていうか定山渓行きはほぼ一時間間隔なんだ……。よかったですね、タイミングあって」

「えへへー、そうだねー」

 ……もしかしなくても、これ僕が仕事しなかったら栗山さん迷子になったのでは? 方向感覚とかどうなっているんだろう、ひとりになるとちゃんとするタイプなのかな……。でも、歩きながら寝るような人だしなあ……。

「あっ、上川くん、バス来たよ」

 その声に思考の世界から現実へと戻った僕は、栗山さんの後に続いてバスに乗り込んだ。


 長いことバスに揺られ、約五十分。栗山さんと地下鉄のなかみたいに取り留めのない話をして時間を潰していると、窓からは温泉街らしい光景が広がるようになってきた。

 今回泊まるビューホテル最寄りの停留所が来たので、ボタンを押して降車。

 降りた目と鼻の先に、そのホテルは鎮座していた。

「……深川先輩、とてつもないホテルの優待券当てましたね。こんな豪勢なホテル、学生じゃ手が出ませんよ普通……」

「う、うん……絵里のおかげだね……」

 栗山さんでさえ少し引いているというか、なんというか。

 若干の気後れもしつつ、荷物を引っ張って建物に入る。

 そこで漏れた第一声は、

「……しゃ、シャンデリアある……すげえ」

 驚くところそこかいと自分でも突っ込みを入れたくなる。しかし、それくらいなんですもん……僕のキャラがブレるのも仕方ないよね。

 真っ先にはしゃぎそうな栗山さんは、急に走り出したりとかはせず、やっぱり雰囲気に圧倒されている。さすがの無邪気も勝てなかったか。

「……栗山さん、これ卒業旅行か何かの間違いじゃありません? いいんです? 夏休みに来ちゃって」

「……い、いいんじゃないかなあ。ほ、ほら、どうせ卒業旅行も上川くんと行くし」

 ……確定なんですねまだ了承した覚えないんですが。

 と、雰囲気に飲まれつつ僕らはチェックインを済ませ、部屋へと向かった。

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