第122話 また明日って言いあえる友達は大事にしたほうがいい。これ僕の先生の教え。

「着いたー」

 そして、深川先輩の言葉通り、すぐにテレビ塔の真下に到着した。大通公園の端に位置する札幌のランドマークと、縦に伸びる美しい花畑の彩りは見ていて心が落ち着く。そんな光景がビル街の合間にあるというのだから尚更だ。

「毎年雪まつりの季節になると、物凄い数の人がここを歩くかな。まああとはオータムフェストとか、マラソンとか? 端から端まで歩くだけでも観光になるからおすすめだよ」

「ねえねえ、展望台上ろうよ、ふたりともっ」

 すっかりはしゃぎきっている栗山さんは、僕と深川先輩を置いてタワーの中に入ろうとしている。

「そんなに急がなくてもテレビ塔は逃げませんって」

 やれやれといった感じに後ろから声をかけつつも、保護者ふたりはどこか顔を見合わせて仕方ないなあと苦笑を浮かべ栗山さんについて行った。


 チケットを買い、エレベーターを降りると。

 九〇・三八メートルの高さから札幌の街並みを一望することができた。奥に映る山々をバックに、公園の噴水から微かに架かる虹が幻想的だ。人の輪郭だけがなんとか目に捉えられるだけで、いかに自分が高く遠い場所にやってきたのかを実感させてくれる。

「わぁ……すごい……!」

 栗山さんはやはりというべきか、ひとり先に窓に張りつき始める。

「……ありがとね。上川君。由芽にラインを送るように促したの、あなただって聞いた」

 その瞬間を待っていたのか、それともただいいタイミングだったからなのか、ふと深川先輩は僕に切り出した。

「高校生のときも、今も、上川君に助けられてばかりだね。私」

「そんなこと……。少なからず、ラインに関しては流れでそうなっただけなんで」

「ほんとは、こっちに逃げ出して、頭が冷えたら私からラインを送ろうって思ってた。でも、時間が経てば経つほど、あの子のなかの私っていう存在が希薄になったんじゃないかって思うようになって、今更『あのときはごめんね』って言うのが、怖くなった」

 栗山さんから距離を取るように、反対方向に進路を取る深川先輩。その隣を無言で歩く。

「逃げて正解だったよ。あんな環境に居続けたら、多分潰れてた。あなたも、由芽も一緒に巻き込んで。まあ、逃げ出したあともそれなりに大変だったけどね。三年のあんな時期に転校して、簡単ではなかったけど。後悔はしてない。……だから、だからこそ、由芽のことだけは気がかりだった」

 真っすぐ眼下に広がる絶景を眺めつつ、彼女は昔と変わらない冷静な印象そのままに言葉を重ねる。

「さっさと開き直ってライン送っちゃえばよかったんだろうけどさ。……ああいう軽い性格に見えて、由芽って結構色々考えていることはあるみたいだから。だからこそ距離を取ったんだけど」

 先輩はそっと手すりに身を預け、遠くに走る山の稜線に意識を馳せる。

「……もう少し言いかた選べたら、自力でどうにかできたかもしれないけど。『あなたみたいな能天気に、言えるわけないでしょ。いい子ぶらないで、迷惑』こんなきついこと言って、オチオチ自分から謝るなんて、できっこなかった」

 だから、と、

「またこうして由芽と会えているのが、夢みたいでね。……ありがとね、上川善人君、あなたに頼って正解だった」

 お礼を言われることは今までも何回もあった。でも、こうして本気で、本気の本気で感謝されたことは初めてだったので、恥ずかしくなった僕は視線を下に落として、

「……どうせ栗山さんのことですから、そんなこと一度忘れたらもう二度と気にしませんよ。基本、栗山さんは、どこまでも一途ですから。何においても」

「ふふ、そうかもね」

「……簡単に、一度『親友』とタグをつけた関係の人を、切り捨てたりなんて、あの人にはできませんって」

 事実、今、栗山さんに深川先輩ほど仲の良い同性の友達はいない、気がする。僕が知らないだけかもしれないけど。けど、こんなに男の部屋入り浸っていたら、普通友達は心配なりなんなりするだろう。

「いいなあ、今はあなたが由芽の保護者やってて。なんだかんだで楽しいのよね、あの子といると」

「……僕にとっては胃に来るときもありますけどね」

「胃だけで済んでいればいいと思うけどね、あなたは男だから」

 ……含み持たせたなあ。そうなんですけどね。胃だけで済んでいませんけどね。

「……ま、あの子を彼女にすると色々苦労すると思うけど、頑張ってね、上川君」

 やっぱりこの人気づいてるよ。たった一時間弱一緒にいるだけなのに。やばくない?

「あー、上川くん絵里と何こそこそ話してるの? むうう」

 ……そして無邪気な子供……ゲフンゲフン。栗山さんに見つかり確保される。

「いや、勝手にどこか行ったのは栗山さんのほうじゃないですか……」

 とまあ、親子三人でのんびりとしている光景に見えなくもない時間は、あっという間に過ぎていった。

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