第119話 大通公園の知名度が不安。白石区の知名度は期待していない。舞台のアニメあるんだけどね(涙)。

 夏のオタクの祭典も無事終わり。……いや、無事ではなかったけど。必死についてこようとする栗山さんと綾をいかにかわすか、この間の冬よりも策を練ったけども。

 栗山じゃらしの確保、綾の気を逸らせる嘘。もうこんなに即売会に行くのに苦労したくない……。

 同人誌の鑑賞会はいつか誰もいないタイミングでするとして、件の札幌旅行の日を迎えた。一泊二日の、遠出だ。

 待ち合わせ場所は羽田空港からほど近い浜松町はままつちょう駅。九月頭の平日、それも通勤ラッシュも過ぎた午前のひとときということもあり、人混みは幾分かまともだった。

 JRと東京モノレールの連絡改札前で、スーツケース片手にスマホを眺めながら栗山さんのことを待つ。

 待ち合わせの時刻十五分前、恐らく少し前に到着した京浜東北線から降りてきたのだろう、まとまった量の人が続々と僕の目の前を通過していく。その一団のなかに、

「あ、上川くんだ、はやいねー」

 ひときわ目立つふわふわオーラをまとっている栗山さんがいた。

「栗山さんこそ、まだ時間までありますよ?」

 僕のことは一度棚に上げて、話の種を逸らす。

「えへへ、楽しみで少し早くお家出ちゃったっ」

 無邪気も無邪気、この笑みに不純物なんて一切混ざっていないのではと思いたくなるほど無垢な表情を僕に浮かべる栗山さん。水色を地に桜の花模様が彩られたワンピースと、緑色のブルゾンを合わせている。うん、ほどよくほわほわ。

「……そ、そうですか」

 まあ時間より早く来るだろうなとは思っていたけど、そうして正解だった。

「じゃあ、ちょうどそろそろ空港快速来ますし……行きましょうか」

 電光案内板を見ると、五分後に最速で羽田空港まで連れてくれる電車が来る。

「うん、そうだね」

 ガラガラがらがら車輪を転がし改札を通過、エスカレーターを上りホームへ。人がさほどいないとは言ってもやはり東京都心。僕らみたいにスーツケースを片手にしている旅行客や、これから出張なのだろうか、ボタンをひとつ開けたシャツを着こむサラリーマンの姿が映る。

「飛行機乗るのわたし高校の修学旅行以来だよー」

 行先案内板に踊る「羽田空港」の文字にやや興奮気味に呟く栗山さん。

「沖縄ですか?」

「うん、沖縄以来だねっ」

 沖縄の次は札幌と、ある種まだ陸路ではいけない場所に飛行機で向かう僕ら。東京から本州なら、ある程度新幹線で行けてしまうから。飛行機に乗ることもそんなにないのも不思議ではないのかもしれない。ちなみに僕も修学旅行以来。

 滑り込んで来たモノレールに乗り、荷物置き場にスーツケースを置く。そして、栗山さんはわざわざ四人掛けのクロスシートで隣同士に座ってきた。

「……なんで隣に?」

「へ? 空いてたからだけど」

 ……そういうことを聞きたいんじゃない。いや、いいや。どうせすぐに羽田に着くし。モノレールは空港の駅にしか停まらないから速いしね。

 当たり前みたいにこの人は僕にも引っついて来るからな……。頼むから、旅行先でとてつもないことしでかさないで欲しい。

「そうそう、絵里は札幌駅で待ってるってー。夕方くらいまで一緒に過ごして、その後温泉かな」

「深川先輩の予定にもよるでしょうけど、まあそうなんじゃないですか?」

「ベタベタにテレビ塔と大通おおどおり公園でいい? って絵里は聞いてるけど、上川くんはそれでいい?」

「栗山さんがそれでいいなら僕はいいですよ」

 そもそも大通公園が何なのか僕はよくわからないし。札幌かあ……札幌が舞台のアニメといえば……変人しかいないファミレスアニメとか、ラノベ原作の生徒会アニメとか……。一人旅ならそういう聖地巡礼してもよかったけど、栗山さんいるならそれも無理そう。

「なら、絵里にそこでいいよって返事しちゃうね」

 終始楽しそうに栗山さんは僕に話しかける。足ずっとパタパタさせてるし。

「札幌って涼しいんですかね、東京よりはマシだと思いたいんですけど」

「どうなんだろうねー、絵里が言うには、まだ暑いって話だけど」

 九月になっても夏が終わる気配は一切せず、今日も東京はとてもとても暑い。春と秋が短くなって夏と冬が長くなっているんじゃないかって毎年思う。暑さと寒さは大げさに感じるものなのかなあ。

「涼しい場所がいいですねって言って札幌が浮上したわけなんで、これで暑かったら悲しいといえば悲しいですが」

「んんー、でも上川くんが一緒ならどこでもいいかな?」

 …………。僕のライフを返してください。普通にこんなこと言う僕の好きな人まじで殺傷能力高過ぎなんですけど。

 電車は順調に、羽田空港へと近づいている。

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