第118話 安いアイスには希望と安心と、甘さが詰まっています。異論は認めるかもしれません。
「なんて話をしていたら、バイト終わったみたいですね、栗山さん」
「……そうみたいだね」
音の外れた鼻歌が徐々に大きくなってきたのを見て、僕と綾は軽く笑い合う。ほどなくしてインターホンの音が鳴り響いて、
「上川くーん、ただいまー」
「……だからここは栗山さんの家じゃないんだけどなあ……」
僕は玄関へと向かう。外には、暑さで溶けかけている野良猫……じゃなかった、人間がひとり。
「あ、上川くんだー、えへへー……あづいよお……」
だめだ、完全に夏にやられている。
ふらふらとクーラーの効いた室内に吸い込まれるように入っていく。「あっ、ちょっと栗山さん、ひっつかないでくださいよっ、暑いんですからっ」「でへへー、幼馴染ちゃんひんやりしてるー涼しいー」「ど、どこ触っているんですかっ、ひゃう」
「……僕、コンビニにアイス買いに行きまーす」
こりゃ僕の部屋は今男子禁制のようだ。席を外そう。
「ちょ、ちょっとよっくん、逃げないで助けてくださいよっ! よっくん! よっくーん!」
そんなミュージシャンを呼ぶみたいに叫んだって無駄無駄。
……行ったら行ったで別の意味で頬ビンタが待ってそうだからね。触れないが吉と見た。
僕はサンダルのまま外に出て、さっきまで栗山さんが働いていた目の前のコンビニへと向かいだした。
「ただいまー、色々買ってきたけどふたりは食べますか……って」
十分くらいして部屋に戻ると、満足気に、しかもどこかツヤツヤとした顔色をしている栗山さんと、ゲッソリとしている綾の両極端な様子があった。
「僕がいない間に何が……?」
「……忘れてました、栗山さんはもふもふ好きなことを……季節問わず……」
マジで何があった。
「あ、アイス食べる……?」
「食べますっ」「食べるー」
飢えた肉食獣のごとく、女子ふたりは僕の持っている袋からアイスをひとつずつ取っていって、残り物を僕は選ぶ。
「僕に選択権はないんですね……」
「だってよっくんさっき助けてくれなかったんだもん」
だもんって。何をされたんだ本当に。
「んんー、アイスおいしー」
そしてそこのツインテール、あなたもナチュラルに勝手にアイス選んで勝手に味わっている。そして何をした。
「……ちゃっかり一番安いアイス残ったし……」
僕は少ししょんぼりとして、ファムリーマートコレクションと書かれたソフトクリームを食べ始める。……うん、安くたって美味しい。
「アイスごちそうさまです、よっくん」
「ありがとー上川くん」
あれ? おかしくないですか? なんでさも当然のように僕が奢ることになっているんですか?
「……いや、もう突っ込むの疲れたんでそういうことでいいです……」
でも、暑いしなんでもいいや……。
「そういえば、よっくんから聞きましたよ、札幌行くんですね、いいなあ」
「えへへー、夏休みにどこか行きたいねーって話はしてたんだー」
アイスの時間が終わると、ベッドでゴロゴロする栗山さん、机とセットに置いてある椅子に座る綾、床に直接座る僕で、取り留めのない雑談が始まる。……もう何も突っ込まない。突っ込んだら負けな気がする。
「お土産よろしくお願いしますね、あっ、惚気話はたくさんなんで」
「わかってるよー。何がいい? 札幌で有名なお土産って色々あるよね?」
「変なものじゃなければ何でもいいですよ?」
「だって、上川くんっ」
「なんでそれをわざわざ僕に言うんですか……」
「なんとなく、かなー」
両手をあごの下で合わせて音符が漏れそうな笑みを浮かべている栗山さん。手のひらは頬に添えられているからこれまたあざといというか……しかしこれもきっと無自覚なのだろうから手に負えない。
「……まあ、覚えていたら買いましょうね」
「覚えていたらじゃなくてちゃんと買ってきてくださいね? 楽しみにしてますからね私」
「はいはい」「買ってこなかったら『お友達』ばらしますからねっ」「……かしこまりました」
お土産ひとつでさえ脅される僕って……いや、もう突っ込むのはやめよう。もたない。
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