第120話 ちなみに、新千歳空港から札幌に向かう終電、および終バスは地味に早いので最終便とかで札幌行かれるかたは注意してください。
こう、空港に着いたときの高揚感って何だろう。出発でも、到着でも。これから旅行だって感覚と、目的地に着いたっていう達成感が混ざって、どこか独特の空気を醸し出している、そんなふうに思う。
つまるところ、何が言いたいかというと。
羽田空港に着くなり小学生かってくらい指摘をしたくなるほど栗山さんはありとあらゆるものにフラフラしていく。アイス食べたくない? あ、クレープだあ。見て見て、東京ばな──
「……栗山さん、はしゃぎすぎです……」
さながら僕は栗山さんの保護者かな……。リード目一杯に引いて手元を歩かせていないとはぐれそうで怖い。
なんとか動き回る犬なのか猫なのかもう区別がつかない生きものを保安検査場にまで連れて行き、なんとか搭乗口まで到着する。なんとかって。一緒に歩いているのは大学四年生だぞ。
一瞬搭乗口での改札で「小さなお子様をお連れのお客様、搭乗に際し係員のお手伝いを必要とされるお客様は、どうぞ優先搭乗をご利用ください」の案内に腰が浮きそうになった。それを見た栗山さんが「むう、それを聞いて席を立とうとするってどういうことなのかなあ」とむくれてみせたので僕は慌てた。
……やばいやばい、ここでいつも家でやっているようなことをやられたら僕恥ずかしくて死ねる。膝枕とか抱きつきとかおんぶとか。最後のはないかさすがに。
「ちょ、ちょっと飲み物買いに行こうとしただけですよ。やだなー栗山さん」
冷や汗をかきつつ近くの自販機でお茶を買う。……別に買うつもりはなかったんだけど、百五十円で精神衛生が手に入るなら安いものだ。
戻ったタイミングで搭乗が始まる。少し頬を膨らませたままの栗山さんの機嫌も、飛行機に乗ってしまえばすっかり直ってしまう。……ありがたいなあ……。
窓側に栗山さん、その隣に僕。三人掛けのシート、通路側の座席は運が良く空いていていて、多少僕の心労も軽減されるかとホッと一安心をした。
羽田空港から新千歳空港は意外と短く、一時間半で到着する。途中、雲の上を飛行機が飛んだタイミングで隣の二十一歳児がはしゃいだのをたしなめたりとまあそれなりに色々あったけど、あっという間に僕らは本州を出て北の大地に足を踏み下ろした。
「着いたー!」
「……だからはしゃぎ過ぎですって」
飛行機を出て、まず一言。うん、予想はしていた。
「とうとうついたねっ、札幌」
「……一応ここ千歳市らしいですけどね。札幌はもう少し先です」
半分スキップに近いような歩きかたで先を行く栗山さんを、なんとか離さないようについていく僕。
預けていたスーツケースを受け取り、そのままJRの駅へ直行。
「えっと……次の電車は……って、そんなに本数多くないんですね、札幌近郊なのに。十五分に一本か……」
「ほんとだね。というか、さっきの地図、凄かったね……上川くん」
「……関東関西丸々北海道で覆いつくされてましたね。どれだけ広いんですか北海道……」
「でっかいどうだね」
そのダジャレ、ガチすぎてむしろ笑えるというか……。
「とりあえず、電車乗りましょうか」
ホームに降りて、止まっている電車に乗り込む。東京じゃ見慣れない形のロングシート車両だ。優先席が車両の隅じゃなくて、普通にドアとドアの間の座席にある。
「──札幌行です。停車駅は南千歳、千歳、
「自動音声も東京と違うんだね、なんかいい声って感じがするねー」
「そ、そうですね……」
アニメ脳で言えば、普通にイケボっぽい分類をしてもいいのでは……? 一日中聞いてられそうな声だったぞ……?
電車はやがてゆっくりと動き始め、地下から上がって長閑な車窓を外に描き始めた。
四十分ほどで札幌駅に着いた。人の流れに従って、ホームに出る。
「今度こそ着いたね、札幌」
「……今度こそ着きましたけど……」
札幌の中心地(らしい)、人でいっぱいの駅。太陽の陽射しの音が、耳に入る。
「……そんなに涼しくないぞ? 札幌」
なんていうか、想像していたより、普通に夏だった。湿気がないぶん、幾分か過ごしやすいけども。普通に暑い。
「あ、絵里からライン来た。えっと、改札階の西口、なんか白いオブジェがあるところで待ってるって」
「それじゃあ、行きますか」
ガラガラと荷物を転がし、僕と栗山さんの札幌探訪は始まりを告げた。
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