第116話 カップラーメンに合うのは水道水。次いでウーロン茶。桃の天然水は微妙(作者談)。
「おなかすいたよね、上川くん、まずカップラーメン作ったからさ、それ食べてよー」
ニコニコ笑顔を崩さないまま、栗山さんはよくある変哲のない円柱型のカップ麺を持ってきた。
「は、はあ……」
なんのことかわからずにとりあえずお箸が載ったそれをもらい蓋を開けると……。
「ぶっ」
何やら普通じゃない匂いがする。
「え? え? これなんのカップラーメンですか? たたのカップラーメンですよね? なんでこんな変な匂いが……」
「ふふふ、それは見た目はただのカップラーメンでも普通ではないんだ。オレンジジュースを沸かして注いだんだよー?」
「……嘘でしょ」
そんな発想になる? っていうか清涼飲料水を沸かすか?
「残したら悲しいからね?」
頬も眉も緩み切っているのに、凄く怖い。
「さ、食べて食べて?」
栗山さんに押し切られ、僕は恐る恐るとてつもない異臭を放つカップラーメンをすすり始めた。口にふくみ嚙みしめたところ。
「ぐっ──まっず! これ人が食べるものじゃないですよっ!」
「えへへー、そう? でも、だめだよ? 食べ物を粗末にしたら」
「…………」
あなたが言いますか。
「大丈夫大丈夫、薬缶はきちんと洗うから安心していいよ? あ、あと一本と半分くらいオレンジジュースが残っているから、次の料理作らないとっ」
え、まだ続くのこれ……?
末恐ろしい言葉が聞けたので、僕は掠れそうな声で尋ねる。
「つ、次って……?」
「うーん、とりあえず、水の代わりにオレンジジュースを使ったカレーライスかなあ? あ、もちろんお米を炊くのもオレンジジュースね?」
わなわなと僕は右手に掴む箸を震えさせる。
「お、お願いしますからもう許してください……、さすがにこれ以上はもう」
「でもなー、これくらいしないとまた上川くん同じこと繰り返しそうだからなあ」
……お仕置きってことですか……。
「だから、もう上川くんが二度とあんなことしないためにも、体で覚えてもらわないとね?」
台所でそんな微笑みを見せ、背中を向けた栗山さんの姿は、本気で怒っているようにもとれた。怒りすら、ほわほわのなかに収めてしまうのか……この人は……。ある意味凄い……。
背筋だけではなく、舌まで凍りそうだ。舌はすぐに溶けると思うけども。主に、まずいカップラーメンで。
その日、僕はオレンジジュースを使ったカップラーメン、カレーライス、更にはオレンジジュース漬けにした漬物も食べさせられ、涙と汗と悲鳴が止まらない一日を過ごした。そんな僕のことを眺めながら「もうあんなことしたらだめだからね?」と何度も何度も言うから、僕は栗山さんを本気で怒らせるとこうなるんだってことを思い知り二度とあんな真似をしないことを心に誓った。
料理が上手い人って、わざと下手に作るときっちりまずいものを作るんだなあっていう将来絶対に役に立たない知識も手に入れた。
あまりのまずさに失神しそうになるも、栗山さんの笑顔(意味深)には逆らえず僕はオレンジジュースをふんだんに使ったメニューを完食した。ちなみに、食後の一杯もオレンジジュース。
なんか、オレンジジュースを冒涜するような行為をしている気もするけど、いいのかな……?
呼吸をするように当然の顔をして栗山さんは僕の家に泊まるといいだし、もはや断る気力も残っていなかった僕はそれを受け入れた。
お互いお風呂も済ませ、僕はベッド、栗山さんは床に敷いた布団に寝っ転がりつつ夏の夜を過ごす。
「あ、そうそう、そういえばもう夏休みだもんね、前に話していた旅行の話でもしない?」
栗山さんの怒りは一通りしたところ冷めたようで、今は裏のないいつものゆるゆるモードになっている。
「そんな話もありましたね……」
色々あり過ぎて忘れかけていたけど。
「どうしよっか? 涼しいところがいいんだよね? 軽井沢? 札幌? 仙台? どこでもいいよー?」
同じ天井を見上げつつ、一緒に過ごす最初の夏の計画を、僕と栗山さんは立て始めた。
(注)オレンジジュースでカップラーメンは作者もやったことがございますが、ほんとうにまずかったです。試されるならお残しは「めっ!」だからですね! あとポットで沸かすと洗うのは面倒です。
まあ、食べ物で遊ぶなって話ですが。はい。やるならきちんと全部スープまで食べましょう。
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