第115話 シリアスは有給休暇中につき仕事しません。代わりにふわふわをどうぞ。
「ひ、久しぶり、かな?」
……さっき頭のなかで久しぶりというわけではないって呟いたばかりなのに、この人はいとも簡単に僕の心の柵を乗り越えていく。
日常に溶け込みすぎでしょう……あなたにとっての僕って。
「トイレで席外してから飲み物飲んだらさ、急に頭がフラフラするからさ、びっくりしちゃったよね、気がついたら車に乗せられているし」
一度話し出すとそれを続けないといけないというように、栗山さんは独白を続ける。
「それに両手は縛られているしスマホもポケットから取られているし、車には知っている人がいるしで……もうわけがわからなくて怖かったよ」
僕は何も口を挟まず、ただただ彼女の言葉に耳を傾ける。
「上川くんが来たときは、凄くホッとしたけど……ホッとしたけど」
淡々と呟いていた栗山さんの口調は、そこから少し変わり始める。具体的に言うなら、ちょっと熱がこもるというか。
「無茶しすぎだよ、わざわざ殴られる必要なんてなかったし、あと少しおまわりさん来るのが遅かったら上川くんどうなっていたかわからなかったんだよ?」
うるうると言葉端に湿り気を帯びさせ、十五センチの距離を維持したまま彼女は俯く。
「確かに車に乗せられている間も怖かったよ、でも……上川くんが殴られているところを見たのが一番怖かった」
視線は上がらず、されど口調は強くなる。
「それに、あの人に薬を突きつけられているときなんて、生きた心地がしなかった。上川くんが死んじゃうかもって思ったら……わたし……わたし……」
ジェットコースターのように栗山さんの声の調子は乱高下していた。
「だから……もう無茶しないでね……? 星置くんからも『俺があいつに相談したのと、俺が無茶したのが原因なんです』って聞いた。上川くんが責任感じる必要なんてどこにもなかった、星置くんだって、もちろん。悪いのは全部あの人たちなんだから、だから」
そこまで言い、栗山さんは一歩踏み込んで僕の背中に手を回す。顔を僕の体に押しつけて、こもる声で、
「全部ひとりでなんとかしようとしなくていいから……」
そう言った。僕はその声にしばらく考え込み、そして──
「なんか、シャツ湿ってるね」
おいシリアス。仕事しろ、今大事な話をしているんじゃないのか?
「……汗とも違うし……あ、もしかして幼馴染ちゃんも泣いて抱きついてきた?」
口調だけでなく展開もジェットコースターかよ、え? これってなんかこのままぎゅっとされ続けるとかそういうシーンじゃないの? 違うの?
「……はい、まあ、そうですけど……」
「むう……」
体は密着したまま、顔だけこちらに向けた栗山さんはぷくうと頬を膨らませて、
「もう、あんなことしたらめだからねっ!」
思いっきり体重を僕にかけてきては、後ろに控えているベッドに倒れ込ませた。
「おわっ、ちょ、ちょっ……!」
柔らかなベッドの布団と、これまたふわふわな栗山さんの体にサンドイッチ状態の僕。
だから、大事な話をするところじゃないの? 今って……。
「……ほんとに、ほんとにだめなんだからね……?」
鼻と鼻が触れそうな距離で、彼女のまるい瞳が揺れている。
「ぁ……え、えっと……」
僕が返事に窮すると栗山さんはさらに力強く僕の体を抱きしめては、
「『もうやらない』って言うまで離さないからっ」
なんて叫ぶから僕は必死にコクコク頷いて「わかりました、わかりましたから、もうやりません」とするしかなかった。……苦しいんだよ、かなり。
「ほんとに?」
「ほんとですからっ」
「ほんとのほんとに?」
「そうです、だから離してください、く、苦しいんですっ」
ようやく栗山さんは僕から両手を離して、それこそ拘束は解かれた。
「えへへ……約束だからね?」
「は、はい……」
その「いつもの笑み」の裏には、これを否定するとまた抱きしめ攻撃が来ると思わせる圧がありそうで僕は肯定しかできなかった。
ベッドから起き上がった栗山さんは「お腹空いたね」と言って、何やらカバンからごそごそと取り出した。
けど、取り出したものがもので……。
「あ、星置くんから貰ったんだ、もし上川くんにお仕置きしたいなら、オレンジジュースあげるんで使ってくださいって。なにか料理に混ぜようかなあ」
……ファミリーサイズ二本、だと……? しかも……混ぜる……?
僕はキュウと喉が鳴るのを自覚した。……え、え……? 僕、生きられる……?
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