第110話 あとちょっと、あとちょっとでこの鬱展開も終わるはずなんでもう少しだけ待ってください。

 ……起きなければ、目覚めなければ。

 クラクションの音が電話越しに伝わなければ。

 栗山さんはそのまま眠り続けていたかもしれない。そうすれば、今頃こんな事態になってなかったのかもしれない。

 ……もし、栗山さんが抵抗をして、また何かされていたら……。

「上川、探しに行かなくて、いいのか?」

 探しに行きたい、今すぐ走り出しては助け出しに行きたい。でも。

 ……監視自体を終わっていいとは、あいつは部下に言わなかった。今も見られている可能性が高い。下手に動いたら、今度こそ次はない。

「上川、おい、上川っ」

「わかってるって」

 星置に体を揺さぶられる。苛立ちの混じった声でそれに応える。

「わかっているけど……」

 それに、今栗山さんはどこに連れて行かれているんだ。車とかで移動し続けていたらもう手に負えないぞ。

「居場所なんてわからないし……探すって言ったって……」

「俺、逃げ回って隠れている間にさ……追っ手の会話を盗み聞きしていたんだけどさ」

 視線をアスファルトの歩道に投げ捨てる僕に、星置は続けた。

「……あいつら、誰かを監禁するときって、大抵病院の第二駐車場に連れて行って車のなかで過ごさせるって……」

「……ほんとか? それ」

「ああ。追っ手が『これ捕まえないと駐車場送りになるんですかねえ』って笑いながら話してた。栗山さんもそこに連れて行かれているんじゃ」

 ……まだ確証はない。けど、行く価値はある。

「……星置。──」

 耳元で僕は思いついた作戦を呟く。

「おっ、おいお前それ本気かよっ!」

「馬鹿、声がでけーよ。……本気だ。それなら、まだ勝算がある。……同じ内容を、そこにいる島松にも伝えてくれ。……僕は先にその駐車場に向かう」

 そのまま僕は車道を走っているタクシーを捕まえて、素早く乗り込む。

「上川、待てよっ、おいっ!」

「すみません、出してもらっていいですか?」

 閉まるドアをコンコンと叩いて追いすがる星置。しかし、車の足に人が追いつけるはずもなく、タクシーはやがて独走を開始する。

「どこまでですか?」

「……美深病院までお願いします。あ、建物の近くで止めてもらっていいですか?」

「はい、わかりました」

 ひとつため息を吐いて、おもむろにスマホを取り出す、そこには、島松からの怒りのラインが届いていた。

「……お前後でとっちめてやるからな、覚えとけ、だってさ。上川。スマホの電池切れてたんだって」

 ……まあ、そんなところだろうとは思っていた。

 思う存分とっちめてください。オレンジジュース漬けでもなんでも。

 窓枠に頬杖をつき、移り行く車窓を眺める。と言っても、街灯のオレンジ色しか目に入らないけど。

 ボーっと景色を見ているうちに「着きましたよ、お客さん」の声がする。

 タクシーは道路の路肩に一時停止する。深夜だから割り増し料金を取られるようで、これは来月のクレジットカードの支払いが大変だろうなあと、ふとどうでもいいことを考えてしまう。

「ありがとうございました」

 そう言い、タクシーを降りる。

 病院の正門近くで降ろしてくれたみたいで、星置の言った第二駐車場は建物から少し離れた場所にあることを地図で確認した。

「……にしても大きい病院だな……」

 田舎と言っても差し支えない街並みに、そこだけドンとこれぞ東京みたいな大きい建物が鎮座している。こんな深夜だから当然病院は真っ暗闇で、それがさらにこれから起こるであろうことの恐ろしさ、危なさを際立てているように思える。

「……僕が蒔いた種だから」

 端から手伝わずに大学に丸投げしていればこんなことにはならなかったのだから。後始末は自分でやらないと。

 正門付近から歩いて十五分。同じ敷地内なのかと思いたくなるくらいの距離に、第二駐車場はあった。広さはこれまた大きくて、サッカーのピッチの半面くらいはあるんじゃないだろうか。しかし、多くの車は入り口に近い第一駐車場を利用しているみたいで、駐車されている車は数えるほどしかない。

 ……だから、すぐに怪しい車を見つけることができた。車内の窓をカーテンで覆い切っている、ワンボックスの車を。

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