第111話 いくら作者が重たい話が好きだからって限度があると思います。
「どこからどう見たってこの車怪しいだろ……」
窓という窓を覆っている。フロントガラスまで隠しているのを見るとますます不自然だ。少し耳をすませて、車内から何か物音がしないか聞いてみるも、耳に入るのは風がそよぐ音と虫の音くらいだ。
できれば車の写真くらいは撮っておきたいけど、フラッシュがきっと目立ってしまう。カーテンなどで覆っているとはいえ、隙間がないわけじゃない。そこから車内に強い光が入ったら写真を撮ったことに気づいてしまうだろう。
……そうなったら、僕も栗山さんもただじゃ済まない。
暗闇だからフラッシュを焚かないと車の写真は撮れない。でも、何も情報を確保しないでこれから作戦を決行するのは早計だ。
車種とナンバープレートだけメモして、島松にラインを送った。そのままいくつかスマホを操作してから、
「……人違いだったらそのときはそのときだ」
僕は覚悟を決め、怪しいシルバーの車体の後部座席のドア側に立つ。
ゴクリと唾を飲み込んで、固い車のドア窓をコンコンとノックする。
「…………」
反応はない。誰も乗っていないのだろうか、それとも、居留守をしているのだろうか。
再度僕は右手指の関節部分をドアに叩く。
二度目のノックから、十秒後。目の前のドアがスライドされる。
「誰かな……って……」
しかめっ面を構えて出てきたのは、案の定、幌延だった。
「……どうして君がここにいるのかな? もう私たちに手出しはしないって約束をしたと思うんだけど」
「……手出しして欲しくなかったらせめて栗山さんが悲鳴をあげる前に電話を切るべきでしたね。あんな声聞かされて何もしないほど僕はおめでたい人間ではないです」
「そうじゃなくて、どうしてここがわかったのかなって聞いているの」
「……仲間の馬鹿が、追っ手の会話から『捕まえないと第二駐車場送りにされる』というようなことを聞いたらしくて。ここじゃないかって」
鼻筋に皺を寄せて、前に立っているそいつは苦々しげに足元に転がっている小石を蹴り飛ばす。
「とりあえず、車に乗ろうか。こうなった以上、君も普通に送り返すわけにはいかない。話は車のなかでしようか」
「……その前に。ひとつだけ聞かせてください」
「何」
「……栗山さんに、無理やり酒を飲ませたうえで、こうやって車に乗せてさらったんですか? あんたらは」
「さらったなんて人聞きが悪い。家に送っている途中だよ?」
意地の悪い笑みを浮かべつつ、幌延はそんなことを宣う。両手を広げて、何が悪いのかわからない、なんて感情を示している。
「……そうですか、送っている途中ですか。それにしても物騒な送りかたですよね、両手を縛ってスマホも奪って、そんなので家に送っているだけとか、逆に笑えますよ」
「安全に家にお届けするためには仕方ないことだよ。くりちゃんはついてないだけだったんだ。いけない後輩がパンドラの箱に触れたから。だから悪いのは君なんだよ? 上川君」
僕は肩をすぼめて息をつく。まあ、単純に片付く話ではないのはわかっていた。大人しく車に乗って話をするべきか。……いきなり僕を襲うなんてことはしない、と思いたい。まあ、もしものときはもしものときだ。
「いいですよ、車に乗りましょう」
「ものわかりがよくて助かるよ。あ、あとその前にスマホは預からせてもらうよ」
……まあ、そうですよね、栗山さんのもそうしたわけだし。
僕はポケットにしまっていたスマホの電源を切ってから、ドア横に立っている彼女に手渡す。「まいどありー」と言っては、車に入りかけた僕の背中を半ば強引に押して後部座席に突っ込まさせる。
「いった……」
いや、喧嘩っ早いなあ、もう乱暴しますか。僕のスマホを奪った瞬間実力行使ですかそうですかそうですか。
「馬鹿じゃないの? 何相手のお城に丸腰でノコノコとやって来ているの? こっちのほうが笑えてくるよ、上川君。もうちょっと冷静な判断をしてくると思ったのになあ」
床にうつ伏せで倒れ込ませて、僕の背中を片足で踏みつけながら幌延はそんなことを言う。どうやら車内にはもう一人、さらには見覚えのある人間が控えていたようで、そいつが僕の両手を後ろに縛りつける。
「ようこそ上川君。自分たちのワンダーランドへ。短い間だと思うけど、楽しんでいっておくれよ。今なら大切な先輩とデートができるかもね」
そして、恐らく黒幕の一部であろう、薄っぺらい笑みをこれでもかと見せつけてきている先輩の美深の声が、芳香剤広がる車内に響き渡った。
そのまま僕は車の後方、シートがない部分に投げ込まれる。そこには、僕と同じような体勢になっている栗山さんが涙目を浮かべながら横たわっていた。
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