第109話 普段滅多に荒っぽい言葉を使わない人が切れると圧が凄く見えると思う。

 ……うわあ、何人いる? 十五人……か。かなりの大所帯で追い回していたんですね。こりゃあ本気だし、そりゃあ星置も本気で逃げ回るよ。怖いもの。

「あっ、か、上川」

 ガードレールのすぐ前に立つ星置は、駆け寄った僕に気がついたようだ。そして「上川」という名字はどうやらこの団体のなかでは共有事項になっているようで、追っ手の十五人はすぐに目の色を変えて睨みつけてくる。

 ……顔までは知られていなかったけど、名前はバレているのね。

「……えーっと、敵対する意思はないと伝えに来たんで、もう鬼ごっこは終わりにしません? そうすれば何もしないって、お宅のトップなのかな? が言っていたけど。ほら、星置もホールドアップ、手を上げなさい」

「は、は?」

「いいからはやく手を上げろ。人の命かかってんだよっ」

 溜まりに溜まったこいつへのイラつきと不安がミックスして、多少言葉が荒くなる。それにビビったのか星置もゆっくりと両手を上にあげ、白旗を掲げた。

 追っ手は追っ手で詳しい事情を知らされていないのか、突然乱入してきた僕の行動に困惑しているようだ。

「あー、はい、とりあえずちょっと待って」

 僕は右手を上げたまま左手でスマホを取り出して、栗山さんのスマホに電話をかける。

 どうせ、出てくるのは栗山さんじゃない。

 十五秒ほどして、「もしもーし」と栗山さんとは別な意味で気が抜けている声がする。

「どうかしたー? 上川君。もしかして愛しのくりちゃんの声でも聞きたくなった? ごめんね、まだ酔いつぶれて眠ってるんだー」

 ……サラッと酔いつぶれたこと認めたぞこの人。やっぱりお酒飲ませたんじゃねーかよ。

「今、あなたがたの手下かなんかは知りませんが、僕の仲間である馬鹿を追っかけている十五人の目の前にいます。もうこれ以上何もする気はないんで、この鬼ごっこ、終わらせてもらっていいですかね?」

「……そう? じゃあスピーカーモードにしてくれない?」

 僕は耳からスマホを離してボタンを押す。

「どうぞ」

「はいはいー、どもども幌延でーす。捜索部隊のみなさんに通達でーす。とりあえずもう目の前にいる二人のことは追わなくていいでーす。というわけなので、撤収してくださーい。はい、以上―。もうスピーカー切っていいよー」

 彼女の伝達がいきわたると、追っ手の十五人は困惑しながらも三々五々僕らの側から離れていく。

 とりあえず、当面の危機は脱した……のか?

「いやー、まさか直接お仲間のところに出向いて伝えるとはびっくりだよー上川君。随分とアグレッシブなんだねー」

「……お互い様じゃないですか?」

「ま、そだね。じゃあ、約束通り、もうこれ以上私たちの団体に手出しはしないでね? 嘘ついたら、今すやすやと眠っている上川君のお姫様に針千本飲ませちゃうかもしれないから、よろしくね?」

「ちゃんと帰してくれるんでしょうね」

 こちら側として要求されたことはこなした。これで栗山さんに何かあったら僕がどうなるかわからない。

「まあ、あとはくりちゃんが無駄に暴れたりしなければかなー。私たちも無駄に手を汚したくはないからねー。ちゃんと、綺麗な体のままはしたいけど、場合によってはわからないかな?」

「本当でしょうね──」

 と、僕が再度電話先に聞き返そうとしたタイミングで、地鳴りのような大きい音がした。あまりのデカさに星置や、遠くに立っている島松は耳を押さえている。僕も片手で片耳を塞いでしまった。く、クラクション……? 交通事故が起こりかけたってことか……?

「凄い音だねー、車? あ。…………」

 それをきっかけに、何やらゴソゴソと怪しげな音がスマホからし始めた。

「何しているんですか?」

「ちょ、ちょっとくりちゃん駄目だって、暴れないのっ」

「そ、それわたしのスマホ、返してよ、それになんでわたしの両手縛られてるの?」

 ……やばい。今のクラクションで栗山さんが目覚めてしまったんだ。

「お酒なんて頼んでなかったのに、なんでわたし記憶飛んでるの? ねえ、今電話しているの上川くんなんだよね? 上川くん、助けてっ、おかしいよこんなのっ──あっ」

 それを最後に、通話は切断された。通話終了を知らせるメロディが、空しく響き渡る。

「……上川、今の電話……」

 そして、栗山さんの叫び声は、隣で呆然と立ち尽くしている星置にも聞こえたようだ。

「……もしかして、俺が動いたせい、なのか?」

 さらには、明らかに。割合で言えばもう十と零ってくらいに。後悔の色が濃く映った。

「栗山さんが、さらわれてるってことなのか……?」

 その震え声に、僕は力なく頷いた。

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