第103話 しかし他人の弱みをしっかりと握れるのは自分の弱みを明かせる人間だけだ。
「──でさ、幼馴染同士の恋愛ってあるのか? よっくん」
ぷはーとグラスをまたひとつ開けて次の一杯を注文した幹事代理男子は、飲み会もある程度中盤も過ぎてこれから終盤にさしかかる、というタイミングでこれまたどでかい爆弾を投下してきやがった。
……それに今日ずっとよっくんってゼミのみんなに呼ばれているし。別に「よっくん」ってあだ名は嫌いじゃないし、かれこれ綾にずーっと「よっくん」って呼ばれ続けているからどうとも思わないけど。
なんか半分ニヤニヤしながら「よっくん」と僕を呼ぶのはイラっとくるし、野郎が言うと尚更気持ち悪い。星置が僕のことをそう呼んだら張り倒しそうだ。こういうあだ名は女の子が言うから可愛げがあるもので、面白半分に呼ばれるとネタにしか聞こえない。
それなりに付き合いの長い人だったら男でもまあいいけど、大学だけの付き合いだとねえ……。
「……漫画の読み過ぎじゃない? そんなのそうそうないって──」
僕は皿の上に残っている枝豆をちびちびとつまみながら否定しようとすると、
「いえ、私よっくんに振られましたよ?」
「…………」
それまで隣に座っていた古瀬さんと楽しそうに会話をしていた綾が、本日最大級のカミングアウトをしてくれた。一瞬、僕らのテーブルから会話という会話が消え去る。
僕はぷるぷると震える手で、枝豆のさやをお皿に戻すと、
「さ……次は何飲もうかなー、ハイボール、ウーロンハイと来たから……ここは甘めに」
おしぼりで手を軽く拭ってからドリンクのメニューを開こうとする。
「セイセイセイ。ちょっと待とうか上川あ。どういうことだ? 詳しい話を聞かせてもらおうじゃないか、ええ?」
「そうだそうだ、どういう了見だ上川、こんなに可愛い子を振っただと? いつ、どうして、なぜだ?」
……どうしてとなぜは同じだと思います。
「今年の春にきっちり振られました。せっかく本命のバレンタインチョコあげたのに」
この子のメンタル鋼なの? 一体全体どうしたら自分の失恋を今日会ったばかりの年上の人に臆すことなく話すことができる?
あれか? これがかの有名な「人を撃っていいのは撃たれる覚悟のある人間だけだ」理論ですか? 綾はそんなにオタクではなかったと思うんだけどなあ……。
「しかも本命チョコ貰った上で振っただとお? 裁判長、被告の行動はあまりにも悪質です、執行猶予なんか甘い、甘すぎます、どうかこいつに厳罰を」
裁判長って誰だよ。誰が演じるんだよ。そして僕の弁護人は誰だ。助けてください。
「さあ、被告人、申し開きはあるか。というか無いとは言わせない」
検察なのか何なのかよくわからないが釈明の時間を与えられた。別に欲しくもないのに。でも誤魔化せる流れじゃないし……、全員僕に注目して話すのを待っているし。
「……年下は好みじゃないというか──」
仕方ないから当たり障りのない適当な理由をでっちあげようとするけど、
「そういえば、よっくんって結構か弱い女の子、とくに年下をいじめるような──」
「実際は他に好きな人いるから振ったんですけどね! ええ。これでいいか! 満足か?」
……もうどうしようもないよね? ねえ、もう泣いてもいいですか? こんなのずっと綾に頭上がらないよ。
顔をこちらに傾けて、やはり僕にだけ聞こえるような大きさでそんなこと言われたらもう屈するしかないよね。
……おのれ栗山、あなたが諸悪の根源に違いないんだ、あなたが綾に僕の弱みを教えなければ……。
「ほほう? その好きな人とはどういう人なんだ? それくらいは教えてくれてもいいだろう?」
「……も、黙秘権を要求しま──」
「あー、ええっと確かカラーボックスの一番上にあったのはプールの更衣室で女の子を無理やり──」
「……学部の先輩です、もう、もうお願いだからこれ以上この話を掘り下げないで……」
これで古瀬さん、島松に続いてゼミ生全員に僕の(両)片想い先がバレた。
「ここまでボロボロな上川なかなか見られないぞ、すげー」
「いつもはしっかりしているのになー、やっぱり幼馴染は何でも知っているから会話のネタ引き出せるなー」
……もう、今後一切、大学の知り合い(栗山さん除く)と飲むときに綾は同席させない。絶対に。飲むたびにこんな思いしないといけないなんて罰ゲームすぎる。
「いえいえ、よっくんのことで知りたいことあればなんでも聞いていただいていいですよ。大体は把握しているんで」
……そういえば、栗山さんの飲み会は上手くいっているのだろうか。ちゃんとお酒断っているだろうか。
こう、この場から逃避できないならせめて思考だけでも遠くのことを考えたくて、僕は今頃多摩センターで楽しくソフトドリンクを飲んでいるであろうのほほん系先輩のことを思い浮かべては、やけになって残っていた枝豆を一気に食べつくした。お酒欲しい……。
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