第102話 一度握られた弱みはばらされない限り永遠に弱みとして残り続ける。
「それじゃあ、前期お疲れ様でしたーってことで、かんぱーい」
金曜日夜だけど店内はまだ空いていて、席にも余裕があるということだったので島松と綾の緊急参戦は認められた。島松、古瀬さん、綾、僕の順にテーブル席につき、向かい側には他のゼミ生三人。
星置が取った店はまあベタにチェーンの居酒屋だった。なんでも出しそうな。雰囲気もだいぶ賑やかで、混雑はしていないものの他のお客さんの会話の声とかは普通に僕らの席まで聞こえてくる。お金のない大学生でしかもただの飲み会ならこれでも十分だろう。合コンならもう少しまともな選択をしたのだろうけど。
それぞれ注文したアルコール(綾はウーロン茶)を片手にグラスを軽く擦りつけ、夏の暑いなかに冷えた飲み物を喉に流し込む。
「よーしじゃあとりあえず注文も終わっていることだし。本日のゲストに色々面白いお話を聞いていこうじゃないか。なあ上川」
星置の代わりに幹事の役回りをしている彼は既に赤くなった顔を向けてそう言う。
「……なあ、まさかもう酔ってる?」
そういう奇特な人間は栗山さんだけにしておいて欲しいけど……。
「ああ大丈夫、こいつはすぐに顔が赤くなるだけで、全然いけるクチだから。心配しなくてへーきへーき」
と、その隣に座っているもうひとりの男子がすかさずフォローに入り、
「俺も、上川と隣の、幼馴染ちゃんの話聞きたい、なんかないの? なんかないの?」
「私も聞きたーい」
……正面から期待に満ち溢れた六つの瞳が僕のことを射貫く。さらに言えば、
「わ、私も聞きたい……」
「俺もー」
さっきまで僕をネタにしていたはずの古瀬さん、島松さえもそんなことを言う。
「島松、お前は単に自分がネタになるのが嫌なだけだろ」
「いやー、だって俺と古瀬さんの話にそんなに面白いものないしー。普段から俺がゲームに興じているのを見ているだけだしー、第一他人の惚気話聞いて楽しいか?」
……そうですね、その通りですね。はい僕が間違っていました。
「というわけで上川、いいやお前は色々と隠しそうだから駄目だ。えーっと」
「池田です。池田綾です」
「そうそうごめんごめん、池田さんのほうからこいつの面白い話を聞かせておくれ。ああ上川が止めても俺達五人が許可するから。後で何かされたら遠慮なく俺らに言いな。とっちめてやるから」
「はいっ、わかりました♪」
……あれ、なんか急に涼しくなってきたなあ。冷房が強いのかな? ちょっと催してきたからトイレにでも行こうかなあ。アルコール飲むとトイレが近くなるよね、仕方ないよね、生理現象だもんね。
「よっくん? どこに逃げようとしているんですか?」
こっそり腰を浮かせて緊急退避をしようとすると、怖いくらいに美しい笑みを浮かべた綾が僕の左手をぎゅっとつねるように掴んだ。
「に、逃げるなんて人聞きの悪い、トイレに行くだけだよ」
冷や汗をかきつつ中腰のまま僕はそっと綾に耳打ちをする。すると、
「……『お友達』のこと、皆さんに話しちゃいますよ?」
僕にしか聞こえないくらいの大きさの声で、彼女も僕の耳元にふっと囁く。
「──んんっ、是非とも座らせていただきます」
頭から釘が打たれたように僕はまた腰を落として、覚悟を決めるためにグラスに入ったハイボールを一口呷る。
……さすがに、半年、いや、それ以上の期間これからも付き合いがある同級生に僕の性癖を知られるのは真面目に洒落にならない。
僕らのゼミは近現代の文学を取り扱っているけど、ちょくちょく、まあ平たく言えば濡れ場のあるシーンが入った文学を研究するときもあって。まあそこは学問なんで別に何とも思わないんですけど。ええ。大人ですから。
その度に僕の性癖がここにいるゼミ生全員によぎるかもしれないと思うと恥ずかしくて死ねる。
「えー? なんだよ、何こっそり話しているんだよー、気になるなー、というか相当仲いいんだなー、二人って」
「年の差大きいからもはや兄妹っぽくも見えるしー」
と、「事情」を知らない男子ふたりは思い切り僕と綾の抱える地雷源に飛び込んできた。タイミング間違えたら一瞬で爆発するぞこんなん。
「はい、実際本当に『妹』のようにかわいがってもらいましたっ、私の家、両親が共働きで、親がいない間はよっくんに面倒見てもらっていたんです」
……僕にしか伝わらないように棘ぶち込むのやめてもらっていいですかねー。僕はちゃんと見てたよー。あなたの右目が「妹のように」と言った瞬間僕のほうを向いたのを。
「もうよっくんってあだ名がキュンキュン来るわ、俺もよっくんって呼んでいい? よっくん」
……同い年の野郎にそう呼ばれると気持ち悪い。僕はノータイムで却下した。
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