第98話 今春休みなのに夏休みの話しているから時期感覚狂いそう。

 僕の仕掛けた茶番から数日。テストは順調に消化していき、最終日の金曜日を迎えた。この日が終われば約二か月間に渡る夏休みが始まる。バイトに勤しんでお金を貯めて好きなことをするのもよし、どこかの酔狂なサークルみたいに地獄の合宿をするのもよし、要は好き放題できる貴重な時間というわけ。

 それは三年生の僕にとっても、もう就活が終わって残りは卒論ってだけの栗山さんも同じだ。もっとも、栗山さんの場合多少なりとも勉強に労力を充てないとそもそも卒業が危なくなると思うけど。そもそもちゃんと卒論の準備、進めているかどうかも若干不安な節はある。……だって、いつも僕の家に来ているから。

 栗山さんは「ゼミしかない」ので火曜が終わった段階で夏休みに入っている。そのためかバイトの量も心なしか増えているし、それに比例してただでさえ長い僕の家の滞在時間がさらに伸びている。裂けるチーズをこれでもかと裂いたときくらいまで伸びてますって栗山さん……。


 それは僕のテスト最終日、金曜の前日木曜日も例外ではなく、ごく当たり前のような顔をして栗山さんは僕の部屋に泊まっていった。

「上川くんも明日で夏休みー?」

 晩ご飯もお風呂も済ませ、半袖のパジャマを着て床に敷いた布団でゴロゴロしている栗山さんは呑気な口調で僕に尋ねる。

 僕は僕とてベッドに腰かけながら明日のテストのノートを読んでいる。

「そうですよ」

「えへへー、そっかー、夏休みかー」

 締まらない表情に変わらない口調。……この人、何か企んでいる……?

「海とかプールとか、山とか行きたくない?」

 ザ・夏の定番スポットをとりあえず列挙したぞ栗山さん。あとは花火大会とか夏祭りとか揃えば夏の風物詩クインテットの完成だ。

「……別に僕はどっちでもいいですけど、栗山さん卒論は平気なんですか?」

「へいきへいきー、ちゃんとやってるから大丈夫だよー」

 ……信じていいのか? これで卒論の提出が間に合わなかったらなんか僕の責任みたいになりそうで嫌なんだよなあ……。

「それに、せっかくの長期休暇なんだし、ふたりでどこか旅行とか行きたくない? 箱根とか、京都とか」

 その提案に僕は思わずノートから目を離して寝転がっている栗山さんに視線を移してしまう。

 ……仮にも「まだ」付き合っていない男を旅行に誘います? 僕がいつまでもヘタレているせいっていうのはあるかもしれないけど。

「……ま、まあ栗山さんがいいなら僕は構いませんけど……」

 しかし、女性である栗山さんがいいって言っているのなら問題はない、のだろう。

「でも、涼しいところがいいですかね……」

「そう? だったら仙台とか札幌とかにしちゃう? 北海道行ってみたいなー」

「と、とりあえず夏休み入ってからちゃんと考えましょう? まだ僕テスト残ってますし」

 栗山さんと二人で遠出するってことを想像しただけで、少し恥ずかしくなってしまう。……仮にも僕「も」好きな人とだからね。意識するなってほうが無理がある。普段から一緒の部屋に寝泊まりしていると言われればそれまでかもしれないけど、旅行は旅行でまた違う、と思う。

「うん、そうだねー。ちゃんと単位取るんだよ?」

「……言われなくても勉強しているんで大丈夫ですよ。むしろ落としたら勉強の邪魔をした栗山さんのせいってことになります」

「むー。ひどいこと言うなあ上川くん」

 僕を見上げ、上目遣いをする栗山さん。風船のように膨らませた頬は年に不相応な幼さを想起させる。

「そんなこと言ったら明日のゼミの飲み会でお酒飲んで上川くんに迎え来てもらうからね」

 ……うわぁ、面倒くさい。

「というか、栗山さんも飲み会明日なんですね」

「はれ? 上川くんも明日そうなの?」

「はい。僕も明日ゼミの飲み会を八王子でやるんで。なので仮に栗山さんがお酒を飲んで酔っ払ったとしても僕は迎えに行けないので」

「ええ? そんなあ」

 ……そんなあじゃないですよ、むしろその発言にこっちがそんなあですよ。

「第一、僕がいないところではお酒飲まないんじゃなかったんですか?」

 嫌な信頼ではあるけど。

「それはそうだけど、それとこれとは話が別だよー」

 何が別なのか一切わからない。

「いいもん、だったら上川くんの家で二次会しちゃうもん」

 ……だから僕も飲み会だと言っているじゃないですか人の話を聞いてくださいって。

 とまあ、いつもと変わらず栗山さんのネジが一本外れたような内容の会話を続け、そのうちお互いが寝堕ちて夜を明かした。

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