第97話 大学生になるとこういう悪ふざけってあまりしなくなるよなあ、と。

 翌日水曜日の二限。星置と古瀬さんが一緒に取っているゼミの授業だ。しかし、前期の最終回ということもあり、あっさりと教授は終わらせた。「レポート忘れるなよー」とだけ残して。

 三十分足らずで終わったゼミ。まさかこんなに早く終わるとも思っていなかったので、ゼミ生六人全員手持ち無沙汰になっていた。

「どうしよう、暇になってしまった」

 そんな雰囲気が教室中に流れている。お昼に行けばいいんだろうけど、僕らはいつもこの曜日は島松も混ぜて一緒に食べている。それに、そもそも古瀬さんは島松と付き合っているんだ、僕と星置と「だけ」一緒にお昼を食べるのは何か違う気がするというか。島松は気にしないだろうけど。

 とまあ、さながら一次会が終わってこのまま解散するのか二次会行くのかよくわからない飲み会終了後あるあるみたいな空気になっていると、

「ああ、じゃあさ、テスト終わったらこのゼミで前期納会ってことでどこかに飲みに行かないか?」

 普段から合コンに勤しんでいるチェリーズ同盟星置は停滞した教室の空気を打ち破った。

「お、いいねいいね」「多摩セン? 八王子? 立川?」

 僕ら以外のゼミ生三人の食いつきは上々だ。

「古瀬さんも、いいよな?」

 彼氏持ち女子ゼミ生二人のうち、一人からは肯定的な返事が出てきた。

「は、はい、大丈夫ですよ」

 そして残る古瀬さんからもいい答えが聞けた。

「……まあそこにいる女たらしはどうせ来るだろ」

 星置は彼女の隣に立っていた僕の顔を見るなりわざとらしくそう言い人数を確定させる。

 おい、そんなこと言うと行かないぞ。

「え……? 上川君って女たらしだったんですか……?」

 ……おい、ほんとに怒るぞ星置。古瀬さん信じちゃったじゃないか。

「違うから、こいつの被害妄想だから」

「はいはい、すみませんでしたヘタレの上川くーん」

「……誰か、こいつの学生証を窓の外に投げていいよ。僕が許可する」

「え、マジ? 上川がいいって言うなら──」

 調子に乗る悪い子にはお仕置きが必要だ。

 両手をコネコネしつつ星置に近づいてきた男子二人は、星置の体を拘束してポケットから財布を取り出そうとする。

「あっ、このっ、お前らやめろって、野郎に体を押さえつけられる趣味は俺にねえ! 放せって!」

 ……この悲鳴に突っ込みを入れるのはやめておこう。色々と年齢指定がかかりそうな台詞が飛び出しそうだ。

「そうは言われましても」

「私たちのボスがやれとおっしゃっているので、ねえ?」

「い、いつからこいつらのボスになったんだよ上川っ、このっ、友達を裏切りやがって!」

 星置は床に倒れ込み手足をじたばたさせながらそんな抗議の声が聞こえてくる。

「うーん、たった今?」

 友達であることは認めてやろう、男の情けだ。

「女を落とすときみたいな綺麗な笑顔を見せるなっ、普通になんかいいなって思った俺が恥ずかしいだろっ」

「ボス、目的のブツが手に入りました!」

「あっ! お、おい返せって!」

 男子一名から星置の名前が印字された学生証を受け取る。僕はそれをヒラヒラと横たわる星置に見せびらかす。

「このままだと、試験受けられないね? 星置君。何か言うことはあるかな?」

「……お、女たらしって言ってすみませんでした」

「解放していいよ」

「ラジャー」

「……か、上川君って、実はいじめるのが好きだったりするんですか……?」

 半ば引き気味に古瀬さんが僕のことを見ている。……まずったかも。

「……ああ、まあ、あれだよ。日頃のストレス発散に?」

「ストレス発散に俺を利用するなー!」

「なんか、黒モードの上川、雰囲気あったよな」

「ああ、キレたら絶対怖いタイプだよ、これ」

 ……なんか、色々と関係各所に要らぬ誤解を招いた気がする。

「今度の飲み会で上川酔わせて色々隠されているであろう本音を引き出してみるか」

「おっ、いいなそれっ!」

 しかも僕が標的になっているし。あまり僕もお酒強いってわけじゃないんだよなあ……栗山さんほどではないけども。あの人は異常だ。うん。比較しちゃいけない。

「とりあえず、適当に企画頼むわー星置―」

 結局、言い出しっぺの星置が幹事に収まる形で、ゼミは収束した。

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