第96話 関係ないけど僕は担当アイドルからチョコ貰ったんで、幸せです。
週が明けた火曜日。つまりテスト開始の週だ。すでに月曜日の授業は終了している。単位は堅い。今日の三限のテストもばっちりだった。まあ、隣でテストを受けていた星置は名前通り星という名の単位を教室に置いていったようだけども。
空きコマの四限、僕はいつも通り学食に寄っていた。星置は最後まで悪あがきをするようで、図書館で勉強すると言って別れた。……それくらい普段から真面目にやっていればいいのに。
……さ、僕もいつまでも学食にいないで、学生相談室行かないと。
少しだけ覚悟を固めては、僕はカバンの口を少しだけ開ける。
カバンにしまっているクリアファイルと、色々まとめたA4のコピー用紙数枚をチラッと見る。
報告だけは今日、済ませるつもりだった。
はやいところ学食を出ないと栗山さんに捕まってしまう。まさか、この案件に栗山さんを巻き込むわけにはいかない。
少し遅いお昼を食べた食器のトレーを返却口に返し、僕は学食を出て、文学部棟の3号館とは逆方向にある学生相談室へと向かいだす。すると。
「あれ、上川君じゃないか、どこに向かうんだい?」
いつもは栗山さんと一緒に登場する美深さんが行く先に現れた。今日は一人みたい。
「び、美深さん。どうもです……」
「やあ。テスト期間だろう? 単位は大丈夫なのかい?」
気さくに話しかける先輩は、軽い調子でポンポンと僕のカバンを叩く。
「勉強は大体済んでいるんで。……ちょっと、用事が」
「へぇ、文学部生が3号館とは真逆のほうにね。何か怪しいなあ、あ、もしかしてくりちゃん以外に別の女でも見つけたんだろう」
このこのーと言わんばかりに肘を僕の脇腹につついてくる。
「くりちゃんに報告しとこうかな、上川君が浮気してるよって」
「ちっ、違いますから、学生相談室に用事があるだけなので」
「…………」
瞬間、先輩はバグか何か起こしたかのように無表情になる。
「せ、先輩?」
「あっ、ああ、そうだったのか、申し訳ない、個人の事情に立ち入ってしまって。自分、あまりあそこにいい思い出がなくてね」
「そ、そうなんですね」
「あ、そうだ。いつか言っていたゼミの飲み会の件だけど、どうかな、やっぱり行かないのかな?」
「ああ……それですけど、はい、お断りしておきます。せっかく誘ってもらったのにすみません」
「いいよいいよ全然。くりちゃんが酔うところ見たかっただけだから。仕方ないよ」
と、先輩は手を顔の前で振っては気にしないでと伝えてくれる。
「……ああ、そういえば行かなくていいのかい? 引き留めた身が言うのもおかしな話かもしれないが」
頭をポリポリと掻き、苦笑いをして美深さんは僕にそう言う。
「で、では僕はもう失礼します」
「ああ、残りのテストも、しっかり単位取れるように頑張って」
「ありがとうございます」
それじゃ、と軽く手を挙げて美深さんは学食や3号館のあるほうへと歩いていった。
……まあ、すれ違ったのが栗山さんじゃなくてよかった、のか。
っていうか、本来これくらい余裕のある会話を年上はするものじゃないのか? そうだよね、年上ってああいう感じだよね? いつも栗山さんが僕のなかの年上になっていて価値観狂っているけど。
僕も気を取り直して、再び相談室へと歩き始めた。
それで、肝心の結果だけど。
まあ、話は聞いてくれたけど、って感じだった。やはり客観的な証拠がないとどうしようもないか。あと、本人ではなく、他人の通報だし。最後のほうには「できれば本人も一緒に来てくれるともっと色々できるかもしれないから」とまで言われてしまった。
それができるなら鼻からやっているって内心毒づいたけどね。
「……でも、これで僕がやれることは終わりか」
3号館へと戻る道すがら、ぼそっとそんなひとりごとを呟く。
丸投げは気持ち悪いし、せめて選択肢くらいは提示してあげたほうがいいのかなあ……。テスト終わったら使いやすそうな探偵事務所とか、関係あるかはわからないけど弁護士事務所とか探してあげるか。
さ、とりあえず頭のなかを次の五限のテストに切り替えて、と……。
段々と暑さが厳しくなってきている東京の夏、外を歩くだけでじんわりと汗が浮かんでくる。額に浮かんでくるそれをハンカチで拭いながら、僕は一人次のテストの教室へ歩いていった。
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