第93話 困ったときはご飯を食べよう。そしてゆっくり話そう。
「ほ、星置先輩……?」
先輩の姿を認めるなり、彼はすぐに席を立ち上がってはその場から離れようとするも、残念、すでに隣に星置が座ってしまった。
「まっ、まさか……」
その光景を見て篠路君はようやく自分が僕にはめられたことに気づいたようだ。
「……ごめんね?」
少し調子に乗って切なげなヒロイン風に言ってみせる。
「いやー、いい仕事だったよ上川、今年の星デミ―賞主演男優賞はお前だな。あ、すみません俺もドリンクバー追加で」
「ちなみに景品は?」
「オレンジジュース一年分か俺と一年間合コンに参加し続ける」
……究極の二択過ぎる。
「じゃあ辞退します」
「ん、了解っと。まあそんな茶番はほどほどにして……と」
じっと隣にいる後輩の顔をまじまじと見つめ、星置は言葉を継ぐ。
「ま、元気そうでよかったよ。これで死にそうな顔でもいていたら全力でどうにかしていたからな」
ホッと一息つくようにして、オレンジジュース研究会の先輩はそう言う。そして、
「あ、上川、悪いけどドリンクバー行って来てくれないか?」
……ああ、確かに僕が行かないと閉じ込められないものね。そうだね。
「いいけど、何がいい?」
「それを聞くか?」
……はい、オレンジジュースね。わかりました。僕は苦笑いをしては席すぐにあるドリンクバーに行っては、くうっとなるオレンジジュースをグラスに注ぐ。
「お待たせ」
「ん、ありがと」
彼は満足そうにそれを見ては、ぐいっと一口オレンジジュースを煽る。
……あれ、ジュースだよね? 実はビールですとかそんなことないよね? めっちゃおいしそうに飲むなあ。
「……何か、篠路から俺に話したいことはあるか?」
至って真剣に、先輩らしくどっしりと構えた感じに、彼は話のキャッチボールを小さくなって座っている篠路君に投げた。
「……ないです」
「そうかそうか。申し開きはない、と。……じゃあまあ俺のほうから根掘り葉掘り聞かせてもらうことにしようか」
決して声を荒げているわけではない。けど、確かにそこになんとなく怒りの感情は乗っかっている。僕はそう感じた。
「最近サークル来なくなったり、連絡がつかなくなったのは、『これ』が原因か?」
星置は、机の上に載った教科書やチラシを指さして尋ねる。
篠路君はもう観念しているようで、力なく、こくんと首を縦に振る。
「……やっぱりか。実はな、今目の前に座っている今回の主演男優は俺の友達の上川君でな。女をたらすことに関しては一流の腕前を誇るんだ」
「おい」
あることないこと話すんでない。ひとりたりともたらしたことなんてないよ僕は。
「そんな上川君に篠路はまんまと騙されたわけだけども。……お前が『こんなこと』をしているのは、自分の意思でか?」
「…………」
その問いに関しては、篠路君は押し黙ってしまう。答えたくないようだ。
「上川君には色々と協力してもらってな、そのチラシの団体のこと、調べてもらったんだわ。簡単にだけどな。で、その団体は危ない団体であることがわかった。お前、部室のこのチラシを落としていったろ、それをきっかけに俺はお前がここと関わり合いになっているんじゃないかって調べ始めたんだ」
そしたら、と。
「お前が見つかった。長い間探し回ったよ。まったく。まあ、とにもかくにも、無事に生きているみたいで安心したけどさ、どうしてこうなったかは聞いてあげないと、俺もサークルも、困っちゃうんだ。だからさ、教えてくれよ、篠路」
声色は変えることなく。しかし、こめた感情はきっと移っている。今は、尋問とかそうではなく、話を聞かせてくれ、そんな態度だ。
少しずつ篠路君も絆されているようで、パクパクと口は開こうとしているも、それはまだ音になっていない。
迷っているようだ。
僕は何も口を挟むことなく、二人の様子を見守る。
「……お前が、特に理由もなしにサークルをさぼるようになって、連絡も経って、行方をくらますような人間ではないことはわかっているつもりだ。違うなら違うって言って欲しいけどな。……何かあったのか? 篠路」
そして、最後の一押しだったのだろう。彼は、ポツリと、言葉を漏らした。
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