第92話 人って余裕がなくなると変なことしがちだから気をつけよう。
栗山じゃらしのぬいぐるみも上手いこと活用し、テスト前の時間をなんとか有効に使い続けてきた。そして、篠路君捜索も片手間ながら地道に続けている。僕は普段の通学路である京王八王子駅と、乗換駅である高幡不動駅周辺を通るたびに見て回るようにしている。たまーにスーツを着た男性がいるとお? っとなるのだけど、大抵は塾の勧誘だったりとそもそも別だったりもして、ほぼ徒労に終わっている。でも、二回ほど例の団体のものと思われるチラシを配っているスーツの男がいたから、僕の捜索範囲も間違っているわけではないようだ。
このまま前期末まで見つからなければ、とりあえず別の方法を探すか、メンバーではないという推測も立てられるかなあなんて思っていた。けど。
テストまで残り一週間の月曜日。帰り道のことだった。
モノレールの高幡不動駅を降りて、とりあえず駅前のロータリーをぶらぶらしていると。
「っ……!」
一度だけ見た、篠路君の姿があり、そして。
「スーツにあのチラシ……」
間違いない。彼はもうあの団体に引き込まれている。僕はとりあえず物陰に隠れて、シャッター音の鳴らないカメラで篠路君を撮影する。僕のことは覚えていないだろうけど、一度会ってはいるから、念には念を入れて。
そして僕はすぐさま星置にラインを送る。「篠路君を高幡不動駅で見つけた」と、さっき撮った写真も添付して。
すぐに星置から返事は来た。今すぐ向かうとのことだった。
僕はある作戦を思いつき、それを星置に提案する。それにも「了解」とだけ短くゴーサインが出される。
わざわざサークルから逃げ回っているんだ。先輩である星置が出て行ったら面倒なことになるに決まっている。
ここは手荒だけど、少し演技させてもらおう。
星置に篠路君のことを通報してから十五分。もうそろそろ到着する頃かなと思っていると案の定「今着いた。お前の姿も見えている。やるならやってくれ」とラインが来る。
……行くか。
僕は意を決し身を潜めていた物陰から出て、チラシを配っている彼のもとへ向かう。ターゲットが大学生であることはほぼ間違いないので、すぐに僕に食いついてくれる。
「どうぞー、テスト対策にどうでしょうかー」
力の入らない声で彼は僕にチラシを渡してくる。僕はそれを受け取り、
「あっ、マジか、これよさそう」
足を止める。そして篠路君に体を向けて、
「この教科書ってどんな感じの本なんですか?」
あたかもチラシの教科書に興味があるようなふりをする。……実際問題こんな教科書なくても僕は星置と違ってちゃんと勉強しているから単位には困らないのだけど、彼は僕のことを知らない。
だから、きっと今、彼の目にはエサに飛びついたカモが来たと思っているだろう。
「あー、そうですね、過去のテスト問題を再編集して、傾向と対策を立てたものを冊子にしたものです。よろしかったら見本があるので、そこのファミレスでゆっくり見ますか?」
……よし、釣れた。
「はい、是非っ」
しかしファミレスに連れ込む判断するの速すぎじゃないですかね篠路君。もう少し空気温めないとがっついているって思われるんじゃ……。
「じゃあ、行きますか」
僕は彼の後をついて行き、後ろで星置に一通のラインを送る。そしてスマホをポケットにしまっては、
「いやー、ちょっと今期単位が怪しくて、困っていたんですよー」
と白々しい大嘘をついてみせる。
「そうなんですね、僕らもそういう人達のためにやっているところがあるんで」
駅近のファミレスに入り、適当なテーブル席に向かい合って座る。ドリンクバーをお互いに注文し早速本題に入ろうと彼が持っていたカバンから一冊の本を取り出す。
「どうぞ、とりあえず中身をご覧になってください」
「ありがとうございます」
彼から本を受け取り、パラパラとページをめくってみる。もちろん中身なんてまったく見てはいない。だって必要ないから。
「ぱっと見すごくよさそうですねー」
「そうですか? 毎回それぞれのテストをくまなく精査して作ったものなので、内容には自信があるんです」
「これってちなみにお値段って……」
「えっと、三千円ですね」
「よっ。元気にしてたかあ、後輩っ」
と、セールスがいいところに入ったタイミングで、少し怖いくらいの笑みを浮かべた星置が僕らのもとにやって来た。
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