第91話 ある意味いつも心がぴょんぴょんしているんでしょう。羨ましい。
テスト二週間前となった七月半ば。もう梅雨は明けて完全に夏が始まった。篠路君の姿は確認できないまま、時間だけが流れていた。そろそろ言った通り、試験勉強やレポートの準備をしないといけないから、オレンジジュース研究会のみんなに協力してもらうのも制限が出てくる。みんなお家に籠ったり図書館に籠ったり開き直って遊びに行ったりする時期だからね。
いつもなら星置に「上川―、今度ラーメン奢るから〇〇のレジュメ見せてくれー」とか言ってくる時期なんだけど、どうやらあの怪しい団体、販売しているものそのものはまともなようで、今期はそういったことは全然なかった。
その代わりと言ってはなんだけど、いつでもゲーム廃人の島松が今期はちょっとやばいらしく、珍しく古瀬さんがプンスカ怒りながら「ゲーム取り上げました、単位取れなさそうだったので」とゼミの時間に僕に話していた。……え? 親子?
で、僕と栗山さんと言えば。
「上川くーん、アイス食べていいー?」
土曜日。僕が机に向かってガリガリ勉強をしているなか、ゼミしか授業が残っていない栗山さんは僕の部屋でぐうたらしていた。
僕のベッドに薄着で寝転がっては本棚にある漫画を読みふけっている。
なんか色んな意味で殺意が湧きそうな光景だなあ。
人が勉強している横で楽しそうに漫画読みやがって……しかもそれまだ僕が読んでない新刊じゃないか……!
「好きにしてくださーい」
いちいち相手するのも面倒なので適当に返す。
「わーい」
子供っぽく冷蔵庫に向かい、アイスを持ってくる栗山さん。なんかガリガリと食べているなって思ったら、
「……なんでわざわざ僕のすぐそばでアイス食べているんですか」
ガリガリするソーダ味のアイスだった。そこ、「んー」って快適そうな顔しない。確かそれ最後の一本だったんだから。
「えへへー、音だけでも涼しくしてもらおうかなあって」
きっと本当に純粋にそう思っているのだろうから尚更性質が悪い。そしてそれを下手にあしらうと栗山さんのかまってちゃんが発動するから対応を間違えてはいけない。
「もうクーラー効いて涼しいんで、どうぞゆっくり味わってください」
一瞬だけ視線を栗山さんに寄越し、またすぐに机に戻す。
「はーい」
どうやらとりあえずは満足してもらえたようだ。栗山さんは机から離れてベッドに座ってアイスを食べ進める。時々「んんっ」と言って頭をポンポン叩いたり、氷菓を噛む音が聞こえたりするけどもう不問ってことにしよう。
えーっとここの和歌を歌っているのは……、
「あっ、上川くん上川くんっ」
しかしこの人はどうやら一分おきに僕に話しかけないと死んじゃうのかな? すぐに僕の肩をブルンブルン揺らしながらアイスの棒を僕に見せびらかす。
「なんですか」
「あたり、あたりが出たよー」
目の焦点に合わず最初は何が書かれているかわからなかったけど、次第にしっかり見えるようになり、確かに棒に「あたり」と書かれているのが確認できた。
「そうですか、それはよかったですね。レシートは台所に置いてあるんで交換に行ったらどうですか?」
「むー、もう少し喜んでくれてもいいのにー」
げ、やばい、このままだとかまってちゃんが発動してしまう。まだ勉強途中なのにここでタイムロスするのは避けたい。よし。
「はーい栗山さーん。もふもふできるぬいぐるみですよー、それー」
僕は素早く机の下に隠していたまんまるいうさぎのような形をしたぬいぐるみをベッドに投げ込む。え? 何のうさぎかって? ご注文したやつですね。島松を雇って取ってきてもらった。……ごめんね古瀬さん。
「わぁ」
……企画したのは僕だけどまさか本当に釣られるとは……。栗山さんはベッドに転がった真っ白なぬいぐるみを抱きしめてはポンポン手で撫でている。
「すごいふわふわだねー、えへへー」
まあ、綾の髪の毛を会うたびにもふもふしてゆりゆりしているのを見れば、栗山さんが何かをもふるのが好きなんだろうって予想は立てていた。
ここまで綺麗に興味を引いてくれるなんて……ちょろいぜ。
さ、栗山さんがベッドの上でぬいぐるみと戯れている間に僕は勉強を済ませよう。と、思ったのだけど。
ぬいぐるみに食いついたことで勉強机にアイスの棒が置かれていた。やれやれと思いながら僕はそれをゴミ箱に捨てようとしたのだけど。
あ。……持ち手ではなくアイスがあったほうを持ってしまい、少し手がべたついてしまう。ん? しかもこれ……栗山さんが口をつけたところ……? …………。手、洗お。
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