第90話 恋で単位が貰えるなら話は早い。しかし女心と天秤にかけて勝つくらいには単位は重い。
篠路君捜索の具体的な行動がスタートして数日。星置が連絡を流した金曜日から四日経った火曜日。四限の空きコマで僕は例によって学食で勉強をしていた。星置はまだこの間の合コンの借りが残っているみたいで、また代返に向かっている。必死になるベクトル間違っている気が……。
テストも目前に控えていて、僕は机の上に授業でもらったレジュメを広げてはノートにまとめ直すという作業を行っていた。
するとだ。
「あ、上川くーん」
マイナスイオンを存分に含んだといっても間違いではないだろうゆるゆるボイスが僕の耳に入ってきた。声に反応して顔を上げると視線の先にはとてとてとこちらにやってくる栗山さんと、えっと……美深さんと幌延さんがいた。
「えへへー、またここで会ったね」
「……そうですね」
これで二回目だ。こうなるとそのうち栗山さんも傾向を掴んで火曜四限は僕がここにいるって刷り込むんじゃ……? それで僕が学食にいないとお怒りラインが来たりして。……いやいやまさか。
「くりちゃーん、ほんと飼い主見つけた犬みたいにすぐ近寄っちゃって」
「さすがくりちゃん使いの上川君ってところかな」
「……あ、どうもです」
遅れて先輩二人も僕のところに来る。そしていきなり美深さんは僕のもとにしゃがみこんだと思えば、
「ところで、最近くりちゃんが『上川くんがかまってくれなーい』ってぶつぶつ呟いているんだけど浮気? 浮気?」
……一から十まで話さないでって言ったじゃないですか僕……。
「浮気とかじゃないですって、ちょっと色々やることがあるだけです」
「ふーん、そっかそっか、まあ自分らとしては、くりちゃんが拗ねているのも見ていて面白いからいいんだけどね」
「ほんと、わかりやすいからねーくりちゃんは」
「それに、おっ? 勉強しているんだねー、さすがくりちゃん使いたるもの、これくらい真面目じゃないと通用しないってかな?」
美深さんは朗らかにそう言うとスッと立ち上がってはまた幌延さんと一緒に僕らのもとから立ち去ろうとする。去り際、
「あ、そうそう。テスト最終日にくりちゃんお借りするんで、よろしくね上川君」
美深さんは僕にそう伝えてから、どこかに歩いていった。
「ゼミの飲み会ですか? 栗山さん」
「えへへー、そうだよー」
締まらない表情でこちらを見つめつつ栗山さんは答える。
「……ちなみに場所ってどこなんですか?」
「えっとね、えっとね……多摩センターかな」
「……まあ、間違ってもお酒は飲まないでくださいよ」
あんなダル絡み、他の人にするかと思うと正直怖さしかない。というか女の人だったらいいけど、男にやったら即お持ち帰りコース突入だからまじでやめてもらいたい。
「だいじょうぶだいじょうぶ。上川くんの前でしかお酒飲まないからー」
このわけのわからない決意があるなら平気かなあ。
「……なら安心ですかね」
「テスト勉強してるの?」
隣に座る栗山さんは、机の上に広げたレジュメを一枚手にとっては、僕に尋ねる。
「そうですよ、単位がかかっているので栗山さんは邪魔しないでください」
そうお願いしたにも関わらず。
「ひょい」
栗山さんは子供っぽく僕のレジュメを手に取っては自分のカバンに隠したりしてくる。
「……あの、栗山さん」
「わたしと単位、どっちが大切なの?」
うわー出たー。定番の台詞―。まさか仕事の代わりに単位が来るとは……。
「……どっちも大切なんで、レジュメ返してください」
「むー、そこはわたしって言うとポイント高いのになー。塩対応が過ぎるよ上川くん」
それはそうかもしれないけど単位は大事なんですって……。
僕は栗山さんが隠したレジュメを回収しようとカバンのなかに手を向かわせるけど、
「だーめっ。わたしって言うまでレジュメは返さないぞー」
ニコニコ顔で恐ろしいこと言ってきたこの人。え、何この付き合いたてのカップルみたいな会話。これって彼氏彼女がする会話であってまだ付き合っていないただの男女がする会話じゃないよね? 僕の常識ってみんなの常識だよね?
「……なら友達にコピーさせてもらってその部分はどうにかするか」
「ええ? そ、そんなこと言わないでよ上川くんー」
とまあ、栗山さんが邪魔にならないわけもなく。……今度から学校で勉強するときは猫じゃらしならぬ栗山じゃらしでも用意しておこうかな……。
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